雨は嫌いですか、私は好きです









 箒を片付け、窓を閉め、机を元に戻す。
 最後に電気を消したとき、教室は夕方の薄い光だけになった。

(やっと終わった)

 今日も変わらず、一人でしたことで時間が掛かった。少ない人生の時間を無駄にした気分である。
 自分の席に置いていた鞄を持って廊下へ出ようとした、その時だった。

「……ったく。補習だけなのに長すぎ」

 廊下の向こうから、誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
 雨音は咄嗟に顔を上げる。廊下の先で見えたのは、見慣れた人影だった。
 ぶつぶと何かを呟きながら、一晴は雨音がいる教室の方へと近づいてくる。どうやら補習が終わったらしい。

(あ……)

 思わず、足が動いた。
 雨音は慌てて教室の扉を押し開け、廊下に出る。声を掛けようとした。
 けれど、一晴は気付いていない様子で教室の前を素通りしていく。
 雨音の方を見ることもなく、足早に廊下を進んでいった。
 いつもの軽い足取り。特に急いでいるわけでもなく、ただ真っ直ぐ昇降口へ向かっている。
 その背中を、雨音は数歩遅れて追いかけた。
 距離は、すぐそこなのに。声を掛ける理由が見つからない。
 昇降口に着き、一晴はさっと靴を履き替える。隣の下駄箱を開けた雨音の方を、一度も見ることはなかった。
 そのまま外へ出ていき、ガラス越しに見える背中が校門の方へ歩いていく。振り返ることもない。
 呼び止めることもできないまま、雨音はその場に立っていた。
 校門の向こうに、その姿が小さくなっていく。

(……あ)

 胸の奥が、少しだけ重くなった気がした。

(私……)

 昇降口の外は明るい。空はよく晴れている。

(……私だけが、期待してたの?)

 ぽつりと浮かんだその言葉に、自分でも驚いた。
 別に、約束していたわけではない。声を掛けれたわけでもない。
 ただ、雨の日に駅まで一緒に帰っただけ。それだけの関係なのだ。
 雨が降っていなければ、きっとこんなもの。
 雨音は小さく息を吐くと、鞄の紐を握り直した。

(……変なの)

 誰に言うでもなく呟く。
 それから静かに昇降口を出て、校門の方へ歩き出した。