☂
箒を片付け、窓を閉め、机を元に戻す。
最後に電気を消したとき、教室は夕方の薄い光だけになった。
(やっと終わった)
今日も変わらず、一人でしたことで時間が掛かった。少ない人生の時間を無駄にした気分である。
自分の席に置いていた鞄を持って廊下へ出ようとした、その時だった。
「……ったく。補習だけなのに長すぎ」
廊下の向こうから、誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
雨音は咄嗟に顔を上げる。廊下の先で見えたのは、見慣れた人影だった。
ぶつぶと何かを呟きながら、一晴は雨音がいる教室の方へと近づいてくる。どうやら補習が終わったらしい。
(あ……)
思わず、足が動いた。
雨音は慌てて教室の扉を押し開け、廊下に出る。声を掛けようとした。
けれど、一晴は気付いていない様子で教室の前を素通りしていく。
雨音の方を見ることもなく、足早に廊下を進んでいった。
いつもの軽い足取り。特に急いでいるわけでもなく、ただ真っ直ぐ昇降口へ向かっている。
その背中を、雨音は数歩遅れて追いかけた。
距離は、すぐそこなのに。声を掛ける理由が見つからない。
昇降口に着き、一晴はさっと靴を履き替える。隣の下駄箱を開けた雨音の方を、一度も見ることはなかった。
そのまま外へ出ていき、ガラス越しに見える背中が校門の方へ歩いていく。振り返ることもない。
呼び止めることもできないまま、雨音はその場に立っていた。
校門の向こうに、その姿が小さくなっていく。
(……あ)
胸の奥が、少しだけ重くなった気がした。
(私……)
昇降口の外は明るい。空はよく晴れている。
(……私だけが、期待してたの?)
ぽつりと浮かんだその言葉に、自分でも驚いた。
別に、約束していたわけではない。声を掛けれたわけでもない。
ただ、雨の日に駅まで一緒に帰っただけ。それだけの関係なのだ。
雨が降っていなければ、きっとこんなもの。
雨音は小さく息を吐くと、鞄の紐を握り直した。
(……変なの)
誰に言うでもなく呟く。
それから静かに昇降口を出て、校門の方へ歩き出した。



