「小森さん、今日の掃除お願いしていい?」
放課後のチャイムが鳴った直後、机の横に立っていた女子生徒が申し訳なさそうにそう言った。
「今日ちょっと部活早くてさ。ごめん」
その言葉に、雨音はほんの少しだけ視線を落とす。机の上に置かれた教科書を静かに重ねながら、小さく息を吸った。
「……いいですよ」
わざわざ自分が変わる必要など無いのに、雨音はいつも口癖で返事をした。
ずっと前から嫌気が差していて、いい加減にしてほしいと思っていながらも、結局は断れない。
「ほんと? 助かる!」
ぱっと明るくなった声を残して、その生徒はすぐに鞄を持って教室を出て行く。
その背中を見送ることもなく、雨音はただ椅子を机の上に上げた。
教室の中は、帰り支度をする生徒達で少しだけ騒がしい。
椅子を引く音、笑い声、廊下を走る足音。けれど、それも少しずつ遠ざかっていった。
☂
やがて教室には、雨音一人だけが残った。
掃除用具入れに箒を取りに行き、教室の隅からゆっくりと掃き始める。静かな教室に、シャッ、シャッという音が響く。
「……天気、いいなぁ」
何を思ったでもなく、無意識の内に窓の外に視線を向けていた。
窓の外はよく晴れている。放課後特有の夕焼けの光が床に長く伸びていた。
廊下の向こうからは、時々人の話し声が聞こえる。
その中に、ふと「補習」という言葉が混ざった気がして、雨音は箒を動かす手を少しだけ止めた。
そういえば、と頭の中に浮かぶ。
今日の歴史の授業で、一晴が言っていた。
——補習コースだわ。
あの時は周りも笑っていて、本人も気にしていない様子だったけれど。
雨音は視線を落とし、床に落ちている小さな紙屑を集める。
(……もう終わったのかな)
自分でも、どうしてそんなことを考えたのか分からなかった。
ただ、ほんの少しだけ期待していたのかもしれない。
「流石に、来ないか」
雨が降る放課後に昇降口の前で待っているように、教室を出ればいるのではないかと。
しかし、そんな期待よりも、期待している自分に雨音は微かな恐怖を覚えた。
一体自分は何を期待しているのかと。ただのクラスメイト相手に、何を必死になっているのかと。
(馬っ鹿みたい……)
もう一度手を動かした時には、箒の先が床に押し付けられて潰れていた。



