雨は嫌いですか、私は好きです

 教室のあちこちから、くすくすと笑い声が漏れる。
 小テストの結果に一喜一憂する声が、次第に教室の空気を緩めていった。

「成瀬またやったのかよ」
「歴史ほんとダメだよな」
「いや、これ普通にやばくね?」

 好き勝手言われながらも、一晴は肩を竦めて笑う。

「いやー、今回はガチで勉強したんだけどなぁ」
「嘘つけ」
「ほんとほんと。昨日も教科書開いたし」
「“開いた”だけだろ」

 男子生徒達の笑い声が重なる。
 それを聞きながら、雨音はぼんやりと窓の外に目を向けた。けれど、耳は自然と教壇の方へ向いてしまう。

「成瀬くん」

 先生の少し低い声が、教室の空気をぴたりと止めた。
 教壇から少し離れた位置にいた一晴達は、真顔を向ける教師の方へと向き直る。

「前にも言いましたが、この点数だと補習です」
「えー、まじで確定?」
「確定です」

 ぴしゃりと言い切られ、一瞬にして一晴の顔が歪む。寝起きの子犬のようなくしゃくしゃの顔だ。
 そのやり取りに、また小さな笑いが起きた。

「放課後、職員室前に来なさい」
「はーい」

 返事だけはやけに素直だった。
 席に戻る途中、一晴は「終わったわー」と肩を落として見せる。
 けれど、その顔には何処か余裕が残っていて、本当に落ち込んでいるようには見えなかった。
 席に座ると、後ろの席の男子が机を小突く。

「お前また帰り遅くなるじゃん」
「だなー」
「もう一緒に帰ってやんねーぞ」
「いやそれは困る!」

 そんな軽い会話が続く。
 雨音は、何となくその様子を見ていた。窓際の一番後ろからなら、教室のほとんどが見える。
 その中心にいるのは、やっぱり一晴だった。

(……補習か)

 小さくその言葉を頭の中でなぞる。
 別に、特別なことではない。クラスには補習になる生徒だって何人もいる。
 それなのに、やけにその言葉が頭の中で浮かんでから消えなかった。

(今日、掃除……)

 放課後の静かな教室と、さっきの笑っていた顔が、何故か頭の中で並んだ。
 自分でも理由は分からないまま、雨音はもう一度だけ教室の中央に視線を向けた。
 一晴は、隣の席の男子と何か話して笑っていた。