雨は嫌いですか、私は好きです

 誰も何も話していないはずなのに、教室の中は異様に騒がしかった。
 教師が黒板にチョークの先を叩きつける音と、窓の外で降り続ける雨の音が混ざり合う。

「……で、あるからして。これを三平方の定理という」

 ダンッと、一段大きく黒板にチョークをぶつけた数学教師は、振り返ってそう締め括った。
 振り返るなり、数学教師は眉間に皺を寄せる。
 クラスの半数が机に伏せて眠っていた。今は六時間目、一日の疲れが一気に押し寄せる時間帯。
 数学教師は分かりやすい溜息を吐いて、教科書を閉じた。

「今日はここまでにしておこう。ほら、起きて号令するぞー」

 呆れた様子を見せていた割に、とうの数学教師も眠そうに目を細めている。
 六時間目なのと、電気を点けていても部屋が薄暗いこともあって、嫌でも眠くなってしまった。

「きりーつ」

 ———ガタガタガタッ!

 つい一秒前まで寝ていたはずなのに、号令が掛かった瞬間に皆は立ち上がった。
 とはいえ、それぞれ欠伸をしたり目を擦ったりと、眠気は覚めていない。
 聞いているだけで気が抜ける号令が掛かり、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

小森(こもり)さん、今いい?」

 皆が部活やらバイトやらで教室を出ていく中、二人の女子生徒がとある生徒を囲む。
 
「……何ですか?」

 読みかけの小説を閉じ、その生徒は顔を上げた。長い前髪が目に掛かる。

「私達、今日掃除当番なんだけどねー? どうしても外せない用事があって代わってほしいの」
「外せない、用事?」
「そう、用事ー」

 有無を言わせぬ圧力を掛ける二人の女子生徒は、端から打ち合わせでもしていたのだろう自然さで言葉を並べた。
 嘘であることくらいバレバレである。
 大方、何処かで遊ぶ予定でもあるといったところか。

「……そうですか。いいですよ」

 都合のいいように利用されているだけだと分かっていながら、その生徒は静かに頷いた。

「やっぱり小森さんに頼って良かったー。ありがとう!」

 一方的に話を切り上げると、してやったりと不敵な笑みを浮かべて教室を出ていく。
 出ていく最中、「ちょろ」と言った声を聞き逃さなかった。