「まあ、でも。小森さんがいいなら、いいんだよ」
その言葉に、雨音はまた視線を落とす。空気を読んで言ってくれたことだと分かっているのに、どうしてか胸の奥が痛んだ。
しばらくの間、二人とも黙ったまま駅までの道のりを歩いた。
雨の音と、靴が水溜まりを踏む音だけが続く。雨の日だからか、人通りは疎らだ。
「でもさ、今日のはちょっとだけ俺得だったな」
「……はい?」
雨音は目を丸くして顔を上げる。言葉の意味が分からなかった。
一拍開けて見下ろした一晴は、してやったりと不敵ににやっと笑う。
「だって小森さんと二日連続で帰れてるし」
「——……っ!」
言葉が詰まった。一瞬の内に頬が熱くなるのを触れずとも感じる。
ぶわわっと顔を赤くする雨音ではなく、傘越しに空を見上げた一晴は、小さく呟いた。
「雨、最高」
「全然最高じゃない……っ」
雨音の必死の主張に、一晴は声を出して笑う。その笑い声が、雨の音に混ざって流れていった。
「なんでさ。雨、嫌い?」
まるで、生まれたての子犬のようなつぶらな目を向ける。
うるうると瞳を揺らして問う姿は、幼子さながら。見ているだけで調子が狂う。
「……し、湿気が」
「湿気、湿気かぁ。確かに、小森さんの髪だと大変そうだね」
「そ、そう言う成瀬さん、は……ストレートで、湿気にも負けなさそう」
「寝癖はやばいけどね」
どれだけ素っ気ない返事をしても、適当なことを言っても、一晴は笑って答えた。
返事に対して意味を持っていない。一晴が笑うのは、この時間を共有しているという事実にだけ。
雨音は、自身はほとんど濡れておらず、一晴ばかりが雨に濡れていることに気付いても気付かないふりをした。
「あ、あの……」
「ん? 何?」
学校を出てから、すでに一時間は経とうとしている。明らかにおかしい。
昨日どおりであれば、今頃とっくに駅前で別れて、尚且つ雨音は帰宅している頃だ。
それなのに、現在地は駅どころか駅前の商業施設すら見当たらない。と言うか、何処にいるのか分からない。
「……と、遠回りしてますよ、ね」
「あっちゃぁ……」
話すことに夢中になって迷ってしまったというのなら、まだ許せたかもしれない。
けれど、
「バレたか」
実際は仕組まれていたことのようで。
その罠に雨音はまんまと嵌ってしまったのだ。



