雨は嫌いですか、私は好きです

 雨音はしばらく何も言えずに黙る。ただ、濡れたアスファルトに落ちる雨粒を見つめた。

「……成瀬さんには、関係ないです」

 やっと出てきた言葉は、思ったより冷たく響いた。言った瞬間、自分でも少しだけ胸が痛む。
 しかし、一晴は驚いた様子も無く、「うん」と短く頷いた。

「うん。関係ない」

 あっさり肯定されて、雨音は逸らしていた顔を上げて少しだけ戸惑う。

「でもさ」

 一晴は歩きながら、少しだけ首を傾けた。
 戸惑う雨音のことなど関係ないと言いたげな屈託のない笑顔を浮かべる。
 クラスでよく見る笑顔であるはずなのに、何処か苛立っているように見えるのは気のせいだろうか。

「見てて気分悪いって思うのは、俺の勝手でしょ」
「……」
「小森さんが困ってる顔してるのに、周りが普通に帰ってくのとか」

 傘の先から雨粒がぽたぽた落ちる。その音に混じるように、一晴は続けた。

「なんか、嫌なんだよね」

 軽く言っているようで、その声は何処か真面目だった。
 雨音は少しだけ眉を寄せる。

(困ってる顔なんて……)

 しているつもりはなかった。むしろ、誰にも気付かれないようにしていたつもりだった。

「……見てたんですか」

 困惑を隠せずそう小さく呟くと、一晴は少しだけ笑う。
 眉を下げて笑う顔は、クラスでは見たことがない。また一つ、知らない一晴の表情を知ってしまった。

「うん。わりと前から」
「……」
「小森さん、毎日最後まで残ってるじゃん」

 雨音の足が、ほんの少しだけ止まりそうになる。
 雨の音がやけに大きく聞こえた。

「教室の電気、最後に消して帰るの大体小森さんだし」
「……」
「たまに、箒持ったままぼーっとしてたりね」

 思いがけない発言に、雨音は思わず顔を上げる。

「み、見すぎじゃないですか……」
「はは」

 一晴は肩を揺らして笑った。この笑顔は、クラスでよく見る笑顔と同じである。

「だって目立つんだもん」
「目立たない、ですよ」
「目立つよ」

 即答されて、雨音はむっとして口を閉じた。
 その横で、一晴は少しだけ歩幅を緩める。

「俺からしてみれば、小森さんは誰よりも見つけやすい」

 高校に入学してから二ヶ月。
 それは、一晴に出会って二ヶ月ということ。
 一体いつから見られていたのだろう。気になるのに、その疑問を口にする勇気は持ち合わせていない雨音だった。