雨は嫌いですか、私は好きです

 長い沈黙のあと、雨音は小さく息を吐いた。

「……駅まで、ですよ」
「うん」
「駅までの間だけ」

 念を押すように繰り返した。あくまでも、昨日と同じく駅までだ。
 それまで不安げに揺れていた一晴の目が、ぱっと明るくなる。

「ありがと、小森さん」
 
 そう言って、ゆっくりと嬉しそうに目を細めて笑った。
 教室で見せる軽い笑顔じゃない。肩の力が抜けた、本当に安心したみたいな顔で。
 昇降口の外は、相変わらずの土砂降り。
 雨が降らなければ、こんなこと起きなかったのに。なんて考えるのは、今更無駄なのだろう。

「じゃあ、帰ろ」
「……です、ね」

 後ろを向いて歩き出すと、雨音に満ちる廊下に二人分の足音が響き渡る。
 昇降口に入ってから先に靴を履き替えた雨音は、貸出用の傘を一本手にした。
 昨日と同じことを繰り返そうとしている。けれど、今日は雨音の小さなビニール傘ではなく、学校の貸出用の傘。
 それがように寂しく感じるのは、一日の疲れが出ているだけだと信じたい。

「にしても、すっげぇ雨だな」

 言葉の通り、バケツを引っくり返したような大雨だ。
 ほんの少しだけ、雨音は自分の傘を持っていなくてよかったと思った。あんな小さなビニール傘では、この雨には耐えられないだろうから。

「……貸して」
「えっ———」

 握っていたはずの緑色の傘が目の前から消える。
 反射的に顔を上げると、隣りに立っていた一晴が勢いよく傘を開けた。

「昨日は小森さんが持ってくれたから、今日は俺が持つ」
「き、昨日は私の傘だったから……当たり前、だと思うけど」
「でも、俺が持てば小森さんは背伸びしなくていいし、俺も屈まなくていい。もっと早くこうすりゃ良かった」

 大体、二十センチ近くは身長差がある。一晴の言う通り、背の低い雨音が傘を持つより一晴が持つ方が双方とも楽だ。
 けれど、

(なんだか、悪いなぁ)

 と、雨音は胸の奥で罪悪感が湧き上がるのに小さく唇を噛んだ。
 普段から他人の役に立とうと動いている雨音にとって、誰かに頼まれる経験はあっても頼む経験がないのである。

「小森さーん」
「っ!」
「帰んないの?」
「……帰ります」

 今日も遠回りをして帰らないといけないらしい。
 それなのに、あまり悪い気はしなかった。