雨は嫌いですか、私は好きです

 そう思ってくるりと背を向けた時、強く腕を掴まれた。

「え? いやいや、この状況で行く?」
「ちょ、ちょっと……離して」

 ブンブンと腕を振っても振り解けないから、命乞いをするように一晴の顔を見上げる。
 どういうわけか、一晴は雨音の腕を掴んだまま、今にも泣き出すかのように顔を歪ませた。

「ご、ごめん」

 強引なのか、素直なのか。
 無邪気なのか、頑固なのか。
 教室では誰が相手でも笑っているのに、こんな顔をするなんて知らない。

「今のめちゃくちゃキモかったよな。ごめん、変なことを言って」
「い、いや……」
「手、離します」
 
 そっと離された手。掴まれていた部分にだけ掌の温もりが残る。
 
「………」
「………」

 どうしよう。どうするべき。
 いきなり帰ろうとしたことを謝った方がいい?
 それよりも先に、職員室の扉を開けてくれたことのお礼を言った方がいい?

(あんな顔、するような人だったんだ……)

 雷鳴は遠ざかったはずなのに、胸の奥ではまだゴロゴロと何かが鳴っているみたいだ。
 いつもは、軽くて、明るくて、何を言っても笑っているくせに。あんな、取り繕わない顔を見せるなんて。
 雨音は視線を落としたまま、小さく息を吸う。

「さっきの」

 やっぱり分からない。何を考えていて、何を思って雨音に絡むのか。
 クラスで人気者の一晴と、地味な雨音では生きる世界が違いすぎて、簡単には分かり合えないのだ。

「どういう意味ですか?」

 肩から提げたスクールバッグの肩紐を握る手に力が籠もる。
 雨音の小さな問いに、一晴は一瞬バツが悪そうに視線を逸らす。
 ほんの少し考える素振りを見せると、ぽつりと零した。

「小森さんの隣は、安心する」
「———……はい?」

 変わらずズボンのポケットに手を入れたまま、俯いていた一晴は顔を上げる。
 さっき見せた弱々しい表情は何処にもない。
 真っ直ぐと目の前にいる雨音の存在を目に焼き付けるように、じっと見入った。雨音は咄嗟に目を逸らそうとするけれど、続く声に阻止される。

「小森さんといると、ありのままの自分でいられるんだ。人に好かれようと必死にならなくていい」

 世の中には色々な背景を抱えた人がいる。