雨は嫌いですか、私は好きです

 呆れた声と一緒に、職員室の扉が閉まる。廊下には、二人分の気配だけが残った。

「じゃあ、私は……」

 つい数秒前に羽馬先生に言ったように、この場を切り上げるための言葉を口にする。
 やっと帰れる。そう思うと、感じていた閉塞感も和らぐ気がした。
 それなのに……。

「小森さーん」

 何故か、当たり前のように隣を歩き出したのである。

「雨、降るんだってね」
「そうですね」

 傘の中では、改札の前では見れたはずの顔。今は目を向けることすらできない。
 聞こえないふりをできるほど器用ではないから、一応は返事をする。
 けれど、それ以上話すつもりはない。と言うより、早く帰りたい。

「ねー、小森さん」

 やっぱり無視しよう。
 クラスメイトだからなんだ。一緒に駅まで行ったからなんだ。たった一度だけ、それも十五分程度の道を歩いただけだ。
 その間には特別な関係など何も無い。
 だから、一晴が話し掛ける意味も理由もあるはずがない。

「俺、傘持ってないんだけどさ」

 後少しで昇降口、という所で雨音は立ち止まる。
 かなりの距離が空いているはずなのに、一晴の声はすぐ隣から発されたようにはっきりと雨音の耳に届いた。

「約束守りたいなー、なんて」

 ここで振り返ってしまったから、この時は雨音の負け。
 返事なんてしなくても、振り返ったことが承諾の意思表示となってしまった。
 昨日の帰り道で痛めた首筋に手を当て、一晴は照れるのを隠すように笑う。

『明日も雨だったら、また頼んでいい?』

 あんなの、その場のノリで思いついただけの冗談だと思っていた。そうであれば良かったのに。

「まだ、雨降ってないですよ」
「これから降るらしいじゃん」
「降る前に帰ったらいいと思います。……駅を出たら、一人なんだし」

 校門を出れば一人なんだし。
 と、言い切ってしまえば良かったのだろう。
 何故か、当たり前に駅まで行くつもりになっていた。その自覚は雨音に無い。

「小森さんて、意外と意地悪なタイプ?」
「は……?」

 静かな廊下に雨音の素っ頓狂な声が響き渡る。
 
 ───ポツ、ポツ、ポツ。

 ───ザアアアア。

「あ!」

 今朝方の自分に言ってやりたい。
 雨なんて期待するものではないと。雨が降らず、晴れている方がずっと楽だと。