雨は嫌いですか、私は好きです

 
「全員に行き渡りましたか。では、初め」

 教師の合図と共に、皆が一斉に配られたテストを裏返す。
 今日は一限目から歴史の小テストだ。事前に予告されていて、勉強すればそれなりに点数が取れる。
 お人好しとして有名な歴史の教科担当は、いつも小テストをする時に三十分近く時間取る。
 けれど、ほとんどの生徒が十分程度で時終わり、寝るなりぼんやりとするなり時間を持て余すのだ。
 静かな教室の中、雨音の意識は別のところにある。

『もう前より一点でも落としたら確定で補修』

 朝、校門前で聞こえた声が蘇る。何気ない会話の中には、心の底から焦っているようだった。

(大丈夫かな)

 窓側の一番端の席に座る雨音には、教卓の目の前に座る一晴の背中が見える。
 昨日の放課後に初めて存在を意識した彼が、当たり前にそこにいた。
 シャーペンを握り締め、頭を抱えている。あの様子では、まともに勉強していないのだろう。

(なんで私が心配してるの……)

 昨日までは存在すら知らなかった。今でも他人であることには変わらない。
 彼が赤点を取ろうと、補修を受けようと、雨音には関係のないことだ。

(……頑張って)

 それでも、何故かそう応援してしまう自分がいた。
 
 ———キーンコーンカーンコーン。

「そこまで。裏返して一番後ろの人から前に回してください」

 チャイムが鳴ると同時に皆が一斉にペンを置き、小テストが回収されていく。
 集められた小テストの束が、ぱたぱたと音を立てて教卓に置かれた。
 小テストの束をまとめた教師が教室を出ていき、辺りの空気がふっと緩む。

「やばい、終わったかも」

 何処からかそんな声が上がり、笑いが広がった。
 騒がしい教室の端の席で、雨音はそっと視線を上げる。
 視線が向かうのは教卓の前。後ろに座っている男子生徒の方を振り返って青白い顔をする一晴に向けられた。
 一晴は友達と顔を寄せ合いながら何かを話している。
 表情はいつも通りで、焦っているようにも、困っているようにも見えない。
 朝、聞こえてきた“テスト”という単語が、ほんの少しだけ胸の奥で引っ掛かった。

(大丈夫、だったのかな)

 自分には関係のないことだと分かっている。聞く理由も、立場もない。ただのクラスメイトなのだから。
 それでも視線は、無意識に彼の横顔を追ってしまう。