雨は嫌いですか、私は好きです

 次の日の朝、雨音はテレビの天気予報を見てがっくりと肩を落とした。
 昨日までの雨は何処へやら。
 部屋の南窓の外には、今や青空が広がっている。

「雨音。早くご飯食べないと遅刻するよ」

 気象予報士が淡々と今日の天気を告げている。
 テレビからは、気象予報士の明るい声が流れていた。

『今日は一日、よく晴れるでしょう』

 そしてその後に、傘の出番はありませんと続けた。テレビの画面には、並んだ太陽のマークが並ぶ。傘の印は一つもない。
 その瞬間、雨音の肩がほんの少し落ちた。自分でも気づかないほど、僅かに。
 けれど、胸の奥に生まれた空白は、はっきりとしていた。

(……あれ?)

 どうして。
 晴れるだけなのに。
 いい天気なだけなのに。
 窓の外は、昨日の雨が嘘みたいに澄んでいる。濡れていたアスファルトも、もう乾き始めていた。

(なんで、落ち込んでるの)

 考えれば考えるほど、気分は沈むのにその理由が分からない。声が蘇る。

『明日も雨だったら、また頼んでいい?』

 低くて空気が読めていなくて、けれど少しだけ期待を含んだ柔らかい声。
 改札前で見下ろされた時の距離。触れそうで触れなかった右肩の温度。
 雨が降る中、そこにだけ雨雲に隠れていた太陽の光が差し込んだように見えた。
 昨日の長く短い帰り道で目にした光景を思い出すと、きゅうと胸が縮む。

(そんなわけ、ない)

 たった一度、一緒に帰っただけ。
 名前を知っただけ。
 それだけなのに、あの笑顔を思い出すと胸の奥が苦しい。

「冷めるわよ」

 そんな母の声に現実へ引き戻された。曇っていた眼鏡のレンズが晴れていく。
 雨音は慌てて目の前の朝ご飯に視線を移し、トーストを口に運んだ。
 口の中いっぱいにバターの香りが広がる。
 甘い、はずなのに。味がよく分からなかった。

「しばらく晴れるみたいね。有り難いわ」
「そう、なんだ」
「ここの所ずっと雨が続いていたでしょう。部屋干しをするとどうしても乾ききらないからね。雨音、洗うものがあったら早い内に出しておいてちょうだいね」
「分かった」

 晴れ、イコール、有り難い。
 きっと、それは誰だって同じ。雨が降れば湿気が増えて、癖っ毛だったら爆発して。
 雨が降って喜ぶのは、自然と農家さんくらいなのだろう。

(晴れないで、なんて思うのは我が儘かな)

 晴れてしまえば、傘は必要ない。
 だから、あの帰り道の時間を共有することはできない。