雨は嫌いですか、私は好きです

 それなのに、逸らしたはずの顔はすぐに正面に向けられて。
 もう一度前を見れば、一晴の顔が近くにあった。

「俺、世界で一番最初に雨音のこと好きになって、世界で一番雨音のこと好きな自信ある」

 眼鏡を外したところまではいい。けれど、コンタクトなんて入れないほうが良かった。
 こんなにも至近距離で、好きな人の顔を鮮明に見るなんて到底耐えられないから。
 けれど、好きだからこそ見ていたいとも思う。

「わ、私だって……宇宙一、一晴のこと好きだから」

 家族に向けられる愛情とは違う。
 漫画やアニメ、ドラマなどで見る恋愛像とも違う。
 理想の恋愛模様なんて何一つとして無くて、生涯恋愛とは無縁だと思っていたからこそ。
 一晴に向けられる愛情の一つ一つが、雨音にはあまりにも眩しすぎた。

「それは、ずるいって」
「そっちだってずるい。ずるいずるい!」

 近づけられていた顔を押し退け、ぽかぽかと胸元を殴りつける。
 力を入れていないから痛まないのは当たり前なのに、やけに嬉しげに一晴は笑った。
 一瞬、嫌な予感が過ったのも束の間。

「んっ……!?」

 呼吸が止まると同時に、唇に何か柔らかいものが触れる。

「雨音が可愛すぎるのが悪いんだかんね」
「……はあ!?」

 小森雨音、十七歳。
 人生で初めての彼氏ができたかと思えば、サプライズにサプライズを返されてしまった。

「ほら、早く帰ろ!」
「い、一晴!」
「あっはは! 駄目だー! もう何されても可愛いとしか思えなーい」

 こんなに幸せになってしまってもいいのだろうか。

「傘、傘あるんだから入らないと!」
「じゃ、貸して。俺が持つから、雨音は隣にいてよ」
 
 一緒に帰るのは、これで四回目。
 雨音の隣には一晴がいて、一晴の隣には雨音がいる。それが、当たり前だった。

「あっ、そうだ」

 右手に持った傘を左側にいる雨音の方へ傾け、一晴は空いている左手で雨音の右手を握る。
 
「雨は好きです、君に会えるから」

 嫌いだったはずの雨は、いつからか待ち遠しいものになっていた。
 雨が降り、傘の中にいる間は決して誰にも邪魔されない。
 この相合傘は、二人だけの特権であった。

「私も好きです。貴方に会えるので」
「ひっさびさに聞いたや、雨音の敬語」
「それを言ったら、一晴の敬語初めて聞いたよ?」
「俺、誰かに敬語使ったの初めてかもしれねぇ」
「それ、どうなの?」

 雨が降る日にしか会えなかったはずの時間は、今はいつだって会える時間に変わった。
 離れるつもりも、別れるつもりもない。
 誰よりも好きなのだから。