雨は嫌いですか、私は好きです

 雨の中を歩き続けて辿り着いたのは、一晴に自分の隣は特等席だと言われたあの公園だった。
 一晴に避けられるようになってから一人で訪れ、偶然鉢合わせれば逃げられた場所。
 そんな見慣れたはずの景色が、今日は何処か違って見えた。
 遊具は濡れて光っていて、相変わらず人の気配はない。騒がしい雨音だけが、変わらずそこにあった。
 入口で止まっていた足を動かし、敷地内の端にある休憩所の屋根の下へ入る。
 ぽつぽつと屋根を叩く音が、少しだけ和らいだ気がした。
 一晴は迷うことなく、正方形のベンチへ向かう。
 あの日と同じ場所。
 あの日と同じ距離。
 何も言わないまま、隣に座る。

「寒いね」
「そうだね」

 濡れた制服が肌に張り付き、じわりとした冷たさを感じる。
 けれど、不思議と嫌ではなかった。
 ぎこちない会話を軽く交わし、同時に灰色の空を見上げる。
 しばらく、互いに何も話さない。言葉を探しているのか、それとも、ただこの時間を確かめているのか。
 雨の音だけが、二人の間に流れていた。
 少し前までの激しさが嘘のように、今はただ静かで。
 さっきまであんなに近かった距離が、少しだけ離れているような気がした。
 触れてはいない。
 けれど、その分だけ意識してしまう。隣にいることが、やけに鮮明に感じられた。
 何かを言わなければいけない気がするのに、上手く言葉が見つからない。
 そんな時間が、ゆっくりと過ぎていく。

「……なあ」

 悶々と頭を回転させていると、やがて、一晴がぽつりと口を開いた。
 少しだけ低い声には、いつもよりも真面目な響きがある。

「今から我が儘言ってもいい?」

 一瞬、呼吸が止まった。空に向けていた顔を隣に座っている一晴の方へ向ける。
 その言い方で、なんとなく分かってしまう。
 軽い冗談ではない。ちゃんとした“何か”が来るのだと。

「いいですよ」

 いつもの口癖が先に出た。少しだけ震えていたかもしれないけれど、それでも答える。
 一晴は、ほんの少しだけ息を吸い、そして、その場で姿勢を正した。
 逃げないように。
 誤魔化さないように。
 覚悟を決めたように、目の色を変えた。

「……俺の」

 一瞬空いた空白の中で、やけに雨音が激しく聞こえた。
 その間が随分と長く感じ、心臓の音がうるさいくらいに響いた。

「彼女になってください」

 一晴らしい真っ直ぐな言葉だった。
 飾りも、遠回しもなくて、ただ真っ直ぐに届く、そんな声。
 その一言が、静かな空間に落ちる。
 時間が止まったみたいに、何も動かない。けれど、その言葉だけが確かにそこに残っていた。