雨は嫌いですか、私は好きです

 しばらくの沈黙の間、雨の音だけが二人の間を満たしていった。

「……そっか」

 短い一言だけなのに、不思議とちゃんと受け止められたのが分かった。
 否定もされない。
 笑われもしない。
 ただ、そのまま置かれた言葉。それが、やけに優しかった。

「……よかった」

 ぽつり、と続くその声は、さっきまでよりもずっと落ち着いていて。
 それでいて、何処か照れくさそうだった。

「嫌われてるのかと思ってた」
「え……」

 間の抜けた声が口を衝いて出る。
 そんな風に思われていたなんて、想像もしていなかった。
 目を瞬かせる雨音を見つめる一晴は、少しだけ肩を竦める気配を見せる。

「だって、普通に他の奴と話してるし」

 さっきと同じことを言いながら、今度は少しだけ力が抜けている。

「俺だけじゃないなら、別にいいかって思われてんのかと思って」

 苦笑混じりの声で弱々しく言った。けれど、その奥にあった不安はもう隠していない。
 雨音は、言葉を失った。
 お互いに、同じところですれ違っていたのだと気づく。
 勝手に思い込んで、勝手に距離を作って。それで苦しくなっていた。

(――……馬鹿みたいだ)

 けれど、それがどうしようもなく愛おしくも思えてしまう。

「……そんなわけない」

 微かに小さく、それでいてはっきりと言葉にする。
 ゆっくりと顔を上げて、一晴の顔を見た。

「そんなこと、思ってないよ」

 その一言に、一晴の呼吸が僅かに止まる。そして、すぐに小さく息を吐いた。

「そっか」

 今度の「そっか」は、さっきよりも柔らかい。そして、何処か安心したような響きだった。
 少しの沈黙が流れるけれど、それはもう重くない。
 今までとは違う、待ち望んでいた穏やかな間が続いた。

「……なあ」

 一晴が、少しだけ視線を逸らしながら言う。
 さっきまであんなに真っ直ぐだったのに、今は少しだけ照れているようだった。頬が微かに火照っている。

「行きたいとこ、あるんだけど」
「え……?」

 こんな状況で?
 雨音は場違いにもそう思ってしまった。
 けれど、一晴は軽く息を吐いてから、

「ちょっと、付き合って」

 そう言って、今度は迷わずに手を取った。抱き締めた時とは違って、強引ではない。
 でも、確かな力で逃がさないように握られた。

「……来て」

 首だけで振り返った一晴は、そう短く言って歩き出す。
 雨はまだ降り続いている。その中を、一晴は迷いなく進んでいった。
 手を引かれるままに、雨音も歩き出す。
 これから何処に向かうのかは、まだ分からない。それでも、繋いだその手は不思議と安心できて。
 離したいとは、思わなかった。