雨は嫌いですか、私は好きです


「単なる嫉妬だって分かってる」

 ぽつりと、続く声は無理矢理押し殺したのか語尾が掠れていた。
 雨に打たれながら、それでもはっきりと雨音の耳に届く。

「我が儘だって分かってる」

 一晴の肩が僅かに上下した。息を吐くが如く、言葉が零れていく。

「……でも、我慢できなかったんだよ」

 その一言は、あまりにも素直で、あまりにも不器用で。
 雨音は思わず息を呑んだ。
 いつも周りに人がいて、笑っていて。
 誰とでも上手くやっている一晴からは、想像もできない言葉だった。
 そんな彼にこんな一面があるなんて、知らなかった。きっと、雨音以外の人も皆知らない。
 知らなかったからこそ、頭が真っ白になって何も言えなくなる。
 理解が追いつかないまま、ただ立ち尽くした。
 胸の奥で何かが大きく揺れているのに、それが何なのかも分からない。
 気付けば手の力が抜けていて、掴んでいた制服の裾がするりと離れた。

「あ……」

 小さく声が漏れる。
 離してはいけないものを、手放してしまったような感覚が後を追ってくる。
 次の瞬間、一晴が振り返った。
 さっきまで頑なに見せなかった顔が、真正面にある。
 距離が息がかかるほど一気に詰まった。雨音は驚いて目を見開く。
 濡れた前髪の隙間から覗く目が、真っ直ぐに目の前で目を白黒させる雨音を捉えていた。
 逃げ場なんて、何処にもない。

「……っ」

 何か言う間もなく、強く腕を引かれた。
 引き寄せられる勢いに、バランスを崩しかける。けれど、傾いた身体は何かに支えられた。

「え……?」

 思考が止まる。何が起きたのか、理解が追いつかない。
 けれど、気が付いた時には、ただ強く抱き締められていた。
 背中に回された腕に、ぎゅっと力が籠もる。
 逃がさないように。
 何処にも行かせないように。
 押し込めていたものを、全部ぶつけるように。
 制服越しに伝わる体温は、雨で冷えているはずなのに。それでも、やけに熱く感じた。
 触れているところだけが、じんわりと熱を持っているようで。心臓の音が、やけに近くで鳴っている気がする。
 それが自分のものなのか、一晴のものなのか、もう分からない。
 耳元で、荒い呼吸が聞こえる。整っていない、浅い息。
 それが妙に現実的で、余計に何も言えなくなる。
 抱き締められている力の強さが、さっきの言葉の続きを語っている気がした。