雨は嫌いですか、私は好きです

 二人で帰っていくところを見るのが好きだと凌は言ったけれど、実際の所、雨音と一晴は三回しか一緒に帰っていない。
 指で数えられるくらいの、ほんの僅かな時間。 
 何度一緒に帰ったとしても、それ以上の関係なんて求めていなかった。求めてはいけないと、何処かで線を引いていたはずなのに。

「はあっ………はあ、はあ……」

 息が上がって、肺が焼けるように痛い。喉の奥がひりついて、空気を吸う度に苦しくなる。
 そのはずなのに、こんなにも必死になるなんて自分でも驚く。
 右手にビニール傘を握って、雨音は我武者羅に走った。
 足元は水で滑りやすくなっていて、何度もバランスを崩しかける。それでも、止まらない。
 途中で、ふっと視界が揺れた。次の瞬間、軽い衝撃と一緒に何かが外れる感覚がする。

「あ……っ」

 足を止めかけて、すぐに振り返る。
 アスファルトの上に、眼鏡が落ちていた。レンズに雨粒が打ちつけられて、すぐに水滴で覆われていく。
 このまま走るか、それとも拾うか、ほんの一瞬迷う。一秒にも満たない逡巡。
 けれど、しゃがみ込んで掴み取り、濡れたレンズを乱暴に制服の袖で拭ってまた顔に掛けた。
 視界はまだ少し歪んでいる。それでも、構わなかった。
 前が見えるなら、それでいい。
 すぐに立ち上がって、また走り出す。水溜りを踏み抜く音が、ばしゃばしゃと響く。
 靴の中まで、もう完全に濡れている。重くなった足が、少しずつ言うことを聞かなくなっていった。

「せめてっ、理由くらい……教えてよっ!」

 誰に届くわけでもない声を、雨の中に投げる。
 掻き消されると分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
 何処にいるのかなんて分からない。分からないけれど、走り続けた。
 とうに電車に乗ってしまっていれば、もう追いかけることはできない。それならそれで、次の日追いかけたらいい。
 それでも今日でなければいけない気がした。
 今、聞かないといけない気がした。
 この雨の中で、このタイミングで。でないと、きっともう追いつけなくなる気がした。
 だから、兎に角雨音は走った。
 今日のように雨が降った放課後、二人で歩いた帰り道を辿って。
 息が乱れても、視界の端が少し暗くなっても、足は止めない。
 曲がり角を一つ、勢いのままに曲がる。
 その瞬間、ふっと、前方に人影が見えた。

「っ………はあ、はあ………」

 思わず足が緩み、ゆっくりと動いていたのにやがて立ち止まる。
 雨に滲んで、輪郭がぼやけていた。それでも、見間違えるはずがない。
 道端に立ち止まっている。
 傘もささずに、少しだけ俯いたまま動かない。