「いやあ、マッジで助かった! ありがとうございますっ!」
帰宅ラッシュが直撃した駅の改札前。
頭の上で鞄を持つ人や、歩きながら傘を閉じて水気を飛ばす人がすれ違う中、一晴は勢いよく頭を下げた。
背負っていたリュックサックから水滴が飛ぶ。
その水滴が雨音の頬に掛かるけれど、頭を下げている一晴は気づかない。
「自分で言っておいてなんだけどさ、駅まで来たら小森さんって遠回りだよね?」
「ま、まあ……」
遠回りと言うか、まず学校を出た時点で家とは反対方向に進んだんですが。
十五分くらいと言ったから、一晴は何気なくそう言ったのだろう。そこに深い意味はないはず。
「なんか、悪いことしたな」
「気にしてないので、別にいいです」
「そっか。なら良かった。……じゃあ、また明日!」
軽く手を振って、一晴は改札へ向かう。
人の波に紛れながら、何度か振り返って、また手を振った。
その仕草が、妙に子どもっぽい。
「うん、また明日」
改札を抜ける直前に、一度だけこちらを見た。
目が合う。今度は、逸らさなかった。
ぴっと電子音が鳴り、一晴の姿が人混みの向こう側へと消える。それで、終わり。
傘を持つ手が、少しだけ軽くなった気がした。
『三番線、電車が到着しま———』
終わり、のはずなのに。
雨音は動き出すこともできぬまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
自分から望んで彼を傘の中に入れたわけじゃない。相合傘なんてしなければ、自分の左肩がこんなにもびしょ濡れになることはなかった。
「はあ……」
それでも、彼の姿が見えなくなった瞬間に、それまであった何かがぽっかりと抜け落ちた気がした。
やがて、人の流れに押されるように改札口に背を向ける。
約束通り、駅まで彼を送り届けた後は来た道をもう一度辿るだけ。
さっきは二人で歩いた道。今は一人。
不思議なくらい、静かだ。
同じ雨音のはずなのに、何処か物足りない。
しばらく歩くと、左手側にほんの数十分前に出た学校の門が見えた。
(あれ。……こんなに近かったっけ?)
思わず立ち止まり、外と内を断絶するように締められた門を眺める。
さっきは、もっと長く感じたのに。
十五分。確かに、そのくらいのはずだ。駅と自分の家のちょうど真ん中に学校がある。
なのに。
どうして、今はこんなに短いんだろう。
濡れた肩が少しだけ冷たい。その冷たさが、やけに目立った。



