雨は嫌いですか、私は好きです

 雨の冷たさが、じわじわと制服に染みていく。けれど、それすらも遠く感じた。

「……おーい」

 不意に後ろから声がして、びくりと肩が跳ねる。
 振り向くと、そこにいたのは凌だった。いつの間にか来ていたらしく、少しだけ息を切らしている。

「今の、成瀬だよね……行かないの?」

 息を切らしながら雨音の隣にまでやって来ると、つい数十秒前に一晴が走り去って行った方向を見る。

「………分かって、るんだけど」

 やっと絞り出した声は、情けないくらい弱かった。
 自分でも分かっている。あの一晴が、ただ無関心で背を向けたわけではことくらい。
 あんな風に、逃げるように離れていく理由があることくらい。
 けれど、そう分かっているからこそ追いかけない方がいいのではないかと、一瞬でも思ってしまった。

「小森さんも、成瀬も、どっちも変だよ」
「え………?」

 ずっと理由も知らぬまま避けられて、今も目の前で逃げられた雨音は、いつからか苛立っていた。
 言葉のとおりに受け取った雨音は、凌の顔を飛び見て苛立ちの混ざる声を出す。

「成瀬は、考えなしに人を避けるような奴じゃない」

 そう言った凌の声音は、いつもの軽い調子ではなかった。
 ずっと前からしっかりと見てきた人間の声だった。

「それは小森さんだって、分かってるはずだけど」

 その言葉に、雨音は何も返せなかった。
 否定なんてできるはずがない。むしろ、分かっているからこそ苦しいのだ。
 分かっているのに、分からないまま突き放されるのが。

「何があったのかは分かんないけどさ」

 凌は少しだけ視線を落として、それから前を見る。
 一晴が消えていった方向を真っ直ぐと見つめて、ほんの少し慈愛に満ちた表情を浮かべた。

「友達として、あんな成瀬は見てたくない」

 その言葉は、迷いがなくとはっきりしていた。だからこそ、重い重石として雨音の身に伸し掛かる。
 ただのクラスメイトであっても、その言葉に凌にとっての“一晴”が描かれているのだと分かった。
 雨音にとってはただのクラスメイトでも、凌は雨音をクラスメイト以上の存在としてみている。ちゃんと、見てきた相手なんだと
 けれど、それだけではなかった。

「……それに、そんな顔してる小森さんも見たくないしね」

 ふっと、凌の視線が雨音に戻る。
 一瞬だけ表情が緩み、ほんの少し困ったように眉が下がった。