雨は嫌いですか、私は好きです

 やがてゆったりとした足音が遠ざかって、また教室は静かになる。
 残るのは、雨が降り注ぐ騒がしい音と雨音のみ。
 さっきよりも強くなったそれが、やけに耳に残る。

 ――まだ、何処かにいるかもしれない。

 そんな考えがふと雨音の頭の中を過る。自分でも馬鹿みたいだと思うのに、一度浮かんでは消えなくなってしまった。
 昼休みに鉢合わせて、あんな風にそっけなく言われたばかりなのに。
 あんなに突き放されたのに。
 それでも、もしかしたら、まだ校内にいるんじゃないかって。
 この雨の中、一人で先に帰ってしまったとは、どうしても思えなかった。
 理由なんて上手く説明できない。ただ、そう思ってしまうだけで。
 胸の奥が僅かにざわつく。そのざわつきは、不安なのか期待なのか、自分でもよく分からない。
 期待なんて、していいはずがないのに。
 それでも完全には否定しきれなくて、余計に落ち着かない。
 掃除用具入れの中に箒をしまい、ゆっくりと扉を閉じた。すると、指先に残っていた感触が消えていく
 少し前までしていたはずの動きが、もう遠いことのように感じた。

(静かだなぁ………)

 教室を見渡してみるけれど、やっぱり雨音以外の生徒は誰もいない。
 机も椅子も整っていて、最初から無人だったみたいに静まり返っている。静かすぎて、自分の呼吸の音だけが浮いていた。
 一つ息を吸うたびに、その音がやけに大きく聞こえた。
 後は帰るだけ。それだけのはずなのに、一歩が中々踏み出せない。
 足先にどれだけ力を入れても、床に縫い付けられたみたいに動かなかった。
 帰れば、きっと全部終わる。今日のことも、さっきのことも。
 始めからなかったことのように、また明日になってしまう。
 それでいいはずなのに。それなのに、そのまま立ち尽くしている方が、もっと落ち着かなかった。
 胸の奥のざわつきが、じわじわと大きくなっていく。
 考えれば考えるほど、息苦しくなる。

(……このまま帰ったら、きっと)

 続きの言葉は、上手く形にならなかった。けれど、嫌な予感だけがはっきりと残る
 だから、考えるより先に身体が動いていた。
 自分の席に戻り鞄を手に取る。指に掛かる重さが、少しだけ現実に引き戻してくれた。
 鞄を肩に掛けながら早足で教室の扉へ向かう。一歩、また一歩と進むたびに、心臓の音が速くなる。
 ドアノブに手を掛けて、ほんの一瞬だけ止まった。冷たい金属の感触が、掌に伝わる。