雨は嫌いですか、私は好きです

 廊下に出ると、ひんやりとした空気が肌に纏わり付いた。
 ほんの少し前までいた教室の熱が、嘘みたいに遠退く。
 何処に行けばいいのかも分からないまま、足だけが先に進んでいた。

「あ、小森。ちょうどいい所に」

 いつの日からか、昼休みなんて来なければいいのにと思うようになっていた。
 一晴と関係が崩れ始めたのは、凌と二人で話した昼休みの後から。
 あの時は、人通りの多い廊下で話していたから、大勢の人の目に着いていたに違いない。
 もしかすれば、あの時に一晴の中で雨音を避けるきっかけが生まれたのだろう。

「おーい。小森ー?」

 雨音は俯いてゆったりと歩きながら、そんな答えのないことを考える。
 傍らで羽馬先生が掛けた声にすら気付かないほど、雨音は必死だった。

(成瀬君がただ意地を張っているだけなら、その理由さえ分かれば何か変わるはず)

 避けられたくない、嫌われたくない、そんなことよりも雨音には許せないことがある。
 もし、雨音の言動で一晴が距離を置くようになったのなら、その理由を知って謝りたかった。
 他人に戻ってもいい、いっそのこと嫌われてもいい。
 だから、せめてその理由だけを知りたかった。そしてあわよくば、本人の口から文句の一つでも投げられたかった。

「……あ………」

 曲がり角を一つ抜けた、その時。
 管理棟の向こうから渡り廊下を進んで来た影に、思わず足が止まる。

「成瀬、君………」

 一体いつから、こうして真正面から顔を見ていなかったのだろう。
 初めて彼に話し掛けられた時も、駅までの道を歩いている時も、公園の休憩所のベンチで並んで座っていた時も。
 今になって思えば、いつだって見ていたのは一晴の横顔ばかりだった。

「……っ………」

 一晴も同じように足を止めて、僅かに雨音の方へ視線を向けた。
 けれど、それもほんの一瞬だけのこと。それだけで、胸の奥がざわつく。
 この距離でも一晴が息を呑む音が聞こえる。見てはいけないものを見たくないものを見てしまったような反応だ。
 慌てて視線を逸らす様を見ていれば、自ずとこの状況がどういったものか理解できる。
 以前の一晴なら、少し前までの一晴なら、きっとこうして鉢合わせたら「小森さん!」と笑って駆け寄ってきたはずなのに。

(目も、合わせてくれないんだ……)

 交わす挨拶も、交わる視線も今はない。
 そこで、何も言わずにすれ違えばよかったのに。どうしてか、口が先に動いた。

「……最近、やけに静かですね」

 皮肉が滲み、自分でも分かるくらい棘のある言い方だった。本心ではなかったと言えば嘘になる。
 一晴は少しだけ眉を動かして、雨音のすぐ傍で立ち止まった。前を見たまま、雨音のことは見ようしない。
 少し間を開けて、それから淡々と返す。

「そうでもないけど」

 返事はそれだけで、突き放すでもなく、寄せるでもなく、感情の籠もらない声で言った。
 ただ、心底どうでもいいとでも言いたげに。