雨は嫌いですか、私は好きです

 凌は一瞬だけ言葉を止めて、それから曖昧に笑った。

「……まあな」

 いつもの調子に戻そうとしているのが分かる。けれど、何処かぎこちない。
 隣の自分の席に座りながらも、雨音とは目を合わせようとしなかった。

「ちょっとさ、あいつが頑固で」

 冗談めかして言うけれど、目は笑っていない。
 机に肘を着いて深く項垂れる姿を眺めながら、雨音は小さく息を詰めた。
 こんなにも打ちのめされた様子の凌を見るのは初めてだったから。

「そうなんだ」

 それ以上踏み込まないように、踏み込まれないように、小さく頷く。
 一瞬の沈黙が落ち、雨の音だけがやけに大きく聞こえた。

「……小森さんはさ」

 凌はぽつりと独り言のようにさりげなく零し、横目で雨音を見る。
 その声に、雨音の心臓が小さく跳ねた。

「さっきの、気にしてない?」

 何をとは言わない。
 けれど、分かってしまう。あの遣り取りのこと、一晴の態度のこと。

「別に」

 自分にも凌にも考える隙を与えないために、間髪入れずに答える。
 ほんの少しだけ凌の目が見開かれた。机に張り付くほど深く項垂れていたのに、今はピンと背筋が伸びている。
 その反面、雨音は分かりやすく凌から目を逸らす。

「ほんとに?」

 さっきと同じ問い方のはずなのに、逃がさないように、でも強くは迫らない距離がある。

「ほんとに」

 雨音はこれ以上この話題を続けないために、何度もそう繰り返した。
 凌はじっと雨音を何か言いたげに見る。
 けれど、それを飲み込むように視線を逸らした。

「……なら、いいけど」

 “いいけど”で終わらせるくせに、何も良くないのが伝わってくる。

「ただ、あいつ、ああいう奴だから」
「……どういうこと?」

 思わず聞き返してしまう。自分でも、しまったと思った時には遅い。
 凌は少しだけ困った顔をして、頭を掻いた。

「いや、なんつーか……変に意地張るっていうか」
「意地?」
「うん。……あいつ、鈍感なんだ。自分で勝手に思い込んで、突き放そうとする鈍感男」

 説明しているようで、何も説明していない話が、雨音を余計に混乱させる。

「……そっか」

 それしか返せなかった。本当は、もっと聞きたいことがあるのに、何を聞けばいいのか分からない。
 凌は一度だけ前の方をちらっと見た。一晴がいなくなった、空いた席の方を。

「だからさ……あんま気にすんな」

 いつもの調子のように軽く言う。けれど、その言葉の裏に何かがあるのが分かってしまう。
 “気にするな”って言われるほど、気にせずにはいられなくなるのは人間の性だろう。

「うん」

 ちゃんと聞き流したフリをして頷く。それが正解な気がしていた。
 けれど、胸の奥に残った引っ掛かりは消えない。
 学校の外で降り続ける雨の音は、まだ強いままで、窓の外は変わらず白く滲んでいる。
 その向こう側のように、今起きたことも上手く輪郭を結ばないまま、ただ、ぼんやりと広がっていった。