雨は嫌いですか、私は好きです

 休み時間になった途端だった。

「だから、なんでもないって言ってんだろ!」

 教室に響いた怒鳴り声に、空気が一瞬で張りつめる。
 激しく叩きつけるような雨が、窓の外で視界を白く滲ませている。そんな窓から雨音は顔を逸らした。
 さっきまでぼんやり眺めていたその景色が、急に遠くなる。
 声のした方へ視線を向けると、教室の入口付近で凌と一晴が向き合っていた。
 周りのざわめきが、じわじわと広がる。誰もが、さりげなく様子を窺っていた。

「いや、“なんでもない”は無理あるだろ」

 凌の声は、抑えているけれどはっきりしていた。
 朝礼の時に隣で聞いていたものよりも、ずっと相手の懐に踏み込んでいる。

「別に関係ねえだろ」

 一歩、いつも笑っている一晴にしては珍しく、苛立ったように吐き捨てた。
 その声に、ぴり、と空気が震えた気がする。
 近くにいた生徒達が散り散りに二人から距離を取った。

「関係あるって。あんな――」

 そこまで言い掛けて、凌が一瞬だけ言葉を切る。
 その一瞬に嫌な予感が胸を過ったのは、何も雨音だけではないだろう。

「……あんな態度とっといて、それで終わりはねえだろ」

 低く押さえた声は、随分と教室中に響き渡った。
 はっきりとは言わないのに、何を指しているのか分かってしまう。

「は?」

 一晴の声が低く落ちた。さっきまでの軽さは何処にもない。

「お前に何が分かんだよ」
「分かるとかじゃなくて――」
「ほっとけって言ってんだろ」

 凌の言葉を遮るその言い方は、明らかに彼を突き放していて。
 教室のざわめきが、少しだけ大きくなった。
 誰かが小さく「やば」と呟く。けれど、視線は逸らさない。見てはいけないものを、見てしまっているように。

「……はあ、マジかよ」

 凌が小さく息を吐く。呆れたようで、それでも何処か諦めきれていない声音。

「お前さ――」

 続き掛けた言葉は、最後まで出なかった。
 一晴が、もうそれ以上聞く気がないと無言で背を向けたからだ。

「……ちっ」

 小さく舌打ちをして、そのまま教室を出ていく。
 建付けの悪い扉が乱暴に開いて閉まる音。それで、張りつめていた空気が一気に解けた。

「何あれ」
「珍しくない?」

 ひそひそとした囁き声があちこちで交わされる。
 取り残された凌は、しばらくその場に立ち尽くしていた。それから、バツが悪そうに首の後ろを掻く。
 視線を泳がせて、ふと雨音の方を見た。
 目が合い、雨音の肩がびくりと揺れる。どうして、こっちを見るの。そう思うと胸の奥がざわついた。

(何でこっちに来るの?)

 思う間もなく、凌は真っ直ぐこちらに歩いてきた。
 逃げるみたいに視線を落とすこともできなくて、そのまま受け止めてしまう。
 凌は机の横で足を止めて、少しだけ困ったように笑った。

「……ごめん、うるさくして」

 その一言で、さっきの空気が急に現実に戻ってくる。
 何もなかったみたいに振る舞わなきゃ、と思った雨音は小さく笑みを浮かべた。

「喧嘩なんて珍しいね」

 なるべく軽く何でもないことのように言うと、自分でも驚くくらいちゃんとした声が出た。
 けれど、指先だけがまだ少し震えている。