雨は嫌いですか、私は好きです

 学校に着いた時には、靴の中までじっとりと濡れていた。
 廊下に入っても、耳の奥にはまだ雨音が残っているように、ざあざあと鈍く響いている。
 教室の扉を開けた瞬間、

「え! 小森さんびしょ濡れだけどどうしたの?」

 隣の席の凌が、目を丸くして声を上げた。

「学校に行く途中で傘がひっくり返って……濡れちゃった」

 苦笑いを浮かべて答えると、凌は「うわ、それ最悪じゃん」と眉を寄せる。
 自分の席へ向かいながら、制服の裾をそっと摘んだ。ぽた、と床に落ちた水滴がやけに大きく響く。
 その時、教室の向こう側から賑やかな声が飛んできた。

「一晴! お前びしょびしょじゃん!」
「風邪引くよー? あ、馬鹿は風邪引かないか」
「駅出るまでは雨降ってなかったのに急に降るからさ。傘なくて」

 笑い混じりの楽しそうな声が、やけにはっきりと雨音の耳に届いた。
 同じ雨に濡れたはずなのに、何故だか自分とは少し違う気がする。雨音を濡らした雨は泥が混ざって汚いもので、一晴を濡らした雨は不純物のない綺麗な雨。それくらいの差がある。
 ふと、騒がしいそこへ視線を向けた。
 さっきまで少しだけ気まずそうにしていたはずなのに、一晴は友達に囲まれて笑っていた。
 少し前までは、あんなにも雨音を避けてたのに。
 胸の奥が、ちくりと小さく痛む。

「なあ、小森さん」

 隣から凌の声が聞こえて、はっと我に返る。
 水が滴る癖っ毛を揺らして隣を見ると、頬杖を着いた凌が心配そうに眉を下げていた。

「体操服に着替えたほうがいいんじゃね? そのままだと風邪引くって」
「あ、うん……そうする」

 頷いて立ち上がると、濡れたスカートが脚に張りついて少し気持ち悪い。
 なるべく誰とも目を合わせないようにして、体操服袋を抱えて教室を出た。
 トイレの個室で体操服に着替えながら、さっきの教室での光景が何度も頭に浮かぶ。
 楽しそうな声。
 屈託のない笑い方。
 どうして、あんなに風に笑えるのだろう。自分と同じように濡れていたはずなのに。
 着替え終わると、軽く息を吐いた。鏡に映る自分は、少しだけ冴えない顔をしている。
 教室に戻れば、ざわついていた空気が少しだけ落ち着き始めていた。
 ふと前の方に目をやる。教卓の前の席。そこに、同じように体操服姿の一晴が座っていた。
 一瞬だけ目が合いそうになったけれど、思わず視線を逸らす。
 ちょうどその時、朝礼のチャイムが鳴った。ガラリと扉が開いて、担任が入ってくる。

「成瀬、小森。体操服なんか着てどうした」

 担任の空気の読めない発言で、教室の空気がほんの少し凍りつく。
 気まずい雰囲気が流れる中、一晴は前にいる担任を見ながら、へらへらと笑った。

「いやー、ちょっと派手にやらかしちゃって」

 まるで大したことではないと言いたげな調子のいい声で答える。
 その横顔を見て、雨音はほんの少しだけ眉を寄せた。