(じゃあ、なんで……?)
頭の中で言葉が続く。もう何度かも分からない「なんで」が繰り返し浮かんだ。
どうして自分には目を合わせてくれないのか。
なんで、話し掛けても気付かないフリをされるのか。
なんで、あの時振り返ってくれなかったのか。
何度だって嫌でも思い出した。あの瞬間に感じた胸の奥の痛みを鮮明に感じた。
廊下の小さく丸まった背中。
遠ざかっていく忙しない足音。
呼び止めようと必死に張り上げる自分の声。
今までなら届いていたのに、どうしても届かなかった距離。
胸の奥に、じわじわと何かが広がっていく。冷たいのに、重たい。はっきりした形はないのに、確実にそこにある感覚。
(やっぱり……避けられてるんだ………)
避けられているという言葉が、ただの思い込みじゃなかったと思い知らしめてくる気がした。
ぐっと指先に力が入り、ノートの端を少しだけ握る。紙が微かに音を立てた。
胸の奥が少しだけ痛む。 けれど、それは激しいものではなくて、静かに確実に続いていくものだった。
逃げ場を失くすように、じわじわと内側を締めつけてくる。
(やめたほうが、いいのかも)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
これ以上近づいたら、もっと避けられるかもしれない。
今よりも、はっきりと距離を取られるかもしれない。
そうなったら、きっと今よりもずっと苦しくなる。少しでも楽しかったと思えたあの時間には戻れなくなるかもしれない。
「……はぁ」
小さく息を吐き、そのまま何も考えないようにしようとした。
見なかったことにしてしまえばいい。気にしないフリをしていれば、その内慣れるかもしれない。
そうやって、少しずつ離れていけば。いっそのこと、最初から何もなかったみたいに。
終わらせられるかもしれない。
そこまで考えて、ふと感じる違和感に引っ掛かった。
自分の中の何かがそれを拒む。静かに、でもはっきりと、それでいいのかと問い掛けてくる。
昨日の夜、食卓で両親と交わした言葉が浮かんだ。
『このままの方が、嫌か』
胸の奥が僅かに揺れる。少しだけ息が詰まった。
その問いに対する答えは、もう出ている。自分で頷いたはずだった。
「……」
ゆっくりと顔を上げ、もう一度だけ一晴の方を見る。さっきと同じように、誰かと話していた。
変わらない距離。
変わらない光景。
けれど、さっきとは少しだけ違って見えた。
怖いのは変わらない。むしろ、さっきよりはっきりとしている。
それでも、このまま何もせずに終わる方が嫌だと思った。理由も分からないまま、離れていくのは。
小さく息を吸うと、まだ少しだけ震えている。
それでも、止まったままでいるよりはいいと思えた。



