雨音が初めてまともに見る一晴の目は、思っていたよりも近かい。
茶色がかっている、とか。
睫毛が長い、とか。
そんな観察をする余裕はない。ただ、思ったよりも静かな目だと、そう感じた。
教室で見る時は、いつも笑っているから。
「……」
言葉が続かない。
視線を逸らすべきなのに、逸らし方を忘れてしまったみたいに動けない。
傘を打つ雨音だけが、やけに大きく響く。
「え、駅までで……良かったんだよね」
「……うん」
互いに目を逸らして、再び前を見ると歩き出す。
雨音は精一杯腕を伸ばして、一晴は精一杯身を縮こませて。ゆったりと歩き始めた。
さっきまでよりも雨脚が強まっている気がする。
もう傘をさす意味もない。雨音の左肩、一晴の右肩は肌が透けるくらいに濡れているのだから。
「小森さんは、電車通学?」
「ううん。歩いて……通ってます」
「そっか。俺、こっから電車で一時間くらい掛かんだよねー。全然地元違うのか」
残念。どうしてその言葉が出てくるのか、自分でも分からない。
別に、同じ地元である必要なんてない。電車で一時間なら、遠いけれど普通だ。
それなのに。
駅まで送れば、そこで終わるのだと。そう思った瞬間、胸の奥がきゅう、と狭くなる。
「……遠いですね」
気づけば、そんな言葉が零れていた。
「まあなー。慣れたけど。小森さんは近いんだ?」
「うん。十五分くらい」
「いいなー。俺、毎朝早起きだよ? 褒めてほしいレベル」
すぐに巫山戯るのも、目を閉じて屈託のない笑顔を浮かべるのも、彼にとってはいつもの調子と変わらない。
教室の端からで聞く声と同じはずなのに、傘の中だと少しだけ低く聞こえた。
雨音は、そっと横目で彼を見る。
濡れた前髪が、いつもより落ち着いて見えた。
(——駅まで)
あとどれくらいだろう。
自分の歩幅が、ほんの少しだけ、無意識に遅くなっていることに気づかない。
「なあ、小森さん」
さっきよりも少しだけ、「小森さん」と呼ぶのを躊躇ったように聞こえた。
足元に落ちていた視線を無理矢理上げると、真っ直ぐとした一晴の視線と絡み合う。
「明日も雨だったら、また頼んでいい?」
何気ない声。けれど、一晴はちゃんと雨音を見下ろしている。
冗談みたいな口調なのに、向ける目は少しだけ真面目だ。
その視線を受け止めきれず、雨音は思わず足元を見る。
頼まれると、断れない。それはもう、ほとんど反射みたいなものだ。
「……いいですよ」
考えるより先に、言葉が出た。
言ってから、はっとする。
どうして。どうして、そんなに簡単に。
駅までの道が、急に短くなった気がした。
一晴が、ぱっと笑う。
「やった」
子どもみたいな声。それを聞いて、胸の奥がじんわり温かくなる。
(——あ)
また。
分からない感情が、ひとつ増えた。
茶色がかっている、とか。
睫毛が長い、とか。
そんな観察をする余裕はない。ただ、思ったよりも静かな目だと、そう感じた。
教室で見る時は、いつも笑っているから。
「……」
言葉が続かない。
視線を逸らすべきなのに、逸らし方を忘れてしまったみたいに動けない。
傘を打つ雨音だけが、やけに大きく響く。
「え、駅までで……良かったんだよね」
「……うん」
互いに目を逸らして、再び前を見ると歩き出す。
雨音は精一杯腕を伸ばして、一晴は精一杯身を縮こませて。ゆったりと歩き始めた。
さっきまでよりも雨脚が強まっている気がする。
もう傘をさす意味もない。雨音の左肩、一晴の右肩は肌が透けるくらいに濡れているのだから。
「小森さんは、電車通学?」
「ううん。歩いて……通ってます」
「そっか。俺、こっから電車で一時間くらい掛かんだよねー。全然地元違うのか」
残念。どうしてその言葉が出てくるのか、自分でも分からない。
別に、同じ地元である必要なんてない。電車で一時間なら、遠いけれど普通だ。
それなのに。
駅まで送れば、そこで終わるのだと。そう思った瞬間、胸の奥がきゅう、と狭くなる。
「……遠いですね」
気づけば、そんな言葉が零れていた。
「まあなー。慣れたけど。小森さんは近いんだ?」
「うん。十五分くらい」
「いいなー。俺、毎朝早起きだよ? 褒めてほしいレベル」
すぐに巫山戯るのも、目を閉じて屈託のない笑顔を浮かべるのも、彼にとってはいつもの調子と変わらない。
教室の端からで聞く声と同じはずなのに、傘の中だと少しだけ低く聞こえた。
雨音は、そっと横目で彼を見る。
濡れた前髪が、いつもより落ち着いて見えた。
(——駅まで)
あとどれくらいだろう。
自分の歩幅が、ほんの少しだけ、無意識に遅くなっていることに気づかない。
「なあ、小森さん」
さっきよりも少しだけ、「小森さん」と呼ぶのを躊躇ったように聞こえた。
足元に落ちていた視線を無理矢理上げると、真っ直ぐとした一晴の視線と絡み合う。
「明日も雨だったら、また頼んでいい?」
何気ない声。けれど、一晴はちゃんと雨音を見下ろしている。
冗談みたいな口調なのに、向ける目は少しだけ真面目だ。
その視線を受け止めきれず、雨音は思わず足元を見る。
頼まれると、断れない。それはもう、ほとんど反射みたいなものだ。
「……いいですよ」
考えるより先に、言葉が出た。
言ってから、はっとする。
どうして。どうして、そんなに簡単に。
駅までの道が、急に短くなった気がした。
一晴が、ぱっと笑う。
「やった」
子どもみたいな声。それを聞いて、胸の奥がじんわり温かくなる。
(——あ)
また。
分からない感情が、ひとつ増えた。



