想いと共に花と散る

 声が聞こえたと同時に口元を覆っていた手が離れる。突然大量の酸素が肺へと送り込まれ、激しく咳き込んだ。

「ゲホッ……っ……はぁ、ひ、土方……さん」

 見上げれば、鋭く光らせた目を向ける土方が目の前に立っていた。
 土方は腰に下げている刀に手を掛け、いつでも戦えると臨戦態勢を取っている。
 助けに来てもらえた安心感から、雪は浪士の腕を振り払って彼の元へと飛び出す。
 しかし、簡単にその願望は壊された。動き出した雪の腕を浪士は掴み、再び拘束すると何処から取り出したのか短刀を顎下に突きつけた。

「っ! てめぇ……」

 咄嗟に柄へと手を伸ばした土方だが、刀を抜くことはできなかった。
 短刀を突きつける浪士はこれみよがしに声を荒げる。

「一歩でも近づいてみろ。こいつの首に傷がつくぞ!」

 宵闇に浪士の声が木霊する。耳元で叫ばれた雪は思わず耳を塞いだ。
 土方達はあくまでも御所の警護のためにこの場にいる。たとえこちらに非はなくとも簡単に刀を抜いて切る真似はできない。
 その身分、立場という壁が土方の動きを封じていた。

「……離せ」
「なんだ。侍のくせに刀を抜かないのか? それとも、その腰に下げている刀はお飾りか?」

 ヒュンと風を切る音と同時に、目の前が浅葱色で埋め尽くされた。
 その浅葱色が土方が着ている羽織であると理解するのにしばしの時間を要する。そして、土方が刀を抜いて浪士の首筋に切っ先を添えているのを確認したのは、そのまた一拍後であった。

「聞こえねぇのか。そいつを離せっつってんだ」
「……チッ、くそ………」

 持っていた短刀を放り投げた浪士は、雪の身体を土方の方へと押し飛ばす。
 すかさず地面に崩れ落ちた雪の前に土方が立ちはだかり、浪士へと刀を向けた。

「はいはーい、不審者はお縄に付いてくださいねー」

 地面に手をついて身体を起こした雪の耳に呑気な沖田の声が届く。
 周囲に目を向ければ、雪を誘拐しようとした浪士と同じ格好をした二人の男が、永倉、原田、斎藤によって拘束されていた。
 雪に短刀を突きつけた男も呆気なく沖田によって拘束される。気が付いた頃には、浪士達は騒ぎを聞きつけた会津藩士に連行されてしまった。