想いと共に花と散る

 ズルズルと人の目につきにくい陰へと引きずり込まれていく。
 ただでさえ静かな御所内で、声の一つも上げられずにいれば誰の目にも留まらないことは明白だった。
 何も起こらないことこそが最善の結果であるというのに、これでは裏目に出てしまっている。
 
(息が……やばい、意識飛ぶ………)

 何度も抵抗をする内に、首元に回された腕が首を絞めあげていく。少しずつ視界がぼやけ始めた。
 浪士の腕を掴む手に力が入らず、だらりと垂れ下がる。
 
 嗚呼、死ぬ。

 もう何度こうして死を覚悟したか分からない。この時代に迷い込んでからというもの、何度も死にかける目に遭っている気がする。
 けれど、これまでの命の危険とは決定的に違う部分がある。

(嫌……嫌だ………こんな所で、死にたくない……)

 今までは自分から死に急ぐような真似をした。当時は気づきもしなかったが、土方が激怒したように自分は相当にひどい顔をしていたことだろう。
 殺されかけているというのに命乞いをするわけでもなく、ただ死を待つだけ。
 何もかもが嫌になって、何もかもに絶望して、全てを捨てて消えようとしたかつての自分。
 そんな愚かな自分がつまらない人間を作り出した。

(まだ、何の役にも立ってない……まだ………お礼、言ってないのに……)

 自分は壬生浪士組の一員、土方歳三という鬼の小姓。
 見知らぬ土地に迷い込んだ行く宛のない哀れな少女ではなく、仲間と呼べる存在に巡り合った一人の少年。
 もう、不本意だったとは言わない。
 
(あの時……助けてくれたお礼、を……言いたい……です)

 この時代に迷い込んだ時、少女は生きることを諦めた。
 誰にも見てもらえず、自分の存在を否定されていた。だから、早く死んで楽になりたかった。
 そんな少女の死を拒んだのが、月下の鬼。一見、優しさなんて持っていない、恐ろしい鬼。
 けれど、どんなに荒々しい物言いをしていようと、刀を向けてきたとしても、その根には優しさがあった。
 
『ええ。“優しさ”を持つ人間がいなければ、この組……いいえ、人が集まる場所なんてすぐに壊れてしまう。実際、我々は何かしら欠けていますから』

 優しさを持っているから、見知らぬ少女を受け入れてくれた。
 優しさを持っているから、仲間を守ろうと必死になった。
 優しさを持っているから、こうして助けに来てくれた。

「そこまでだ」

 目の前に陰が落ちる。ぼやける視界が一瞬にしてはっきりとした輪郭を取り戻す。
 酸欠で朦朧とする頭を無理矢理動かして声が聞こえた方向に向ければ、そこには月を背にして鬼が立っていた。