想いと共に花と散る

 どれだけの時間が経ったのだろう。この夜がいつまでも明けないのではないかと錯覚してしまいそうなくらい、長い時間が過ぎたような気がする。
 何も起こらないからこそ、余計な不安に押し潰されそうだ。
 
(駄目だけど……でも、こんなことしてたら………不安だ)

 土方にはここにいるようにと念を押されたが、一人皆から離れた所にいると不安なのである。
 だから、いけないことであると分かってはいるけれど、身体は動いてしまった。
 回廊の陰から飛び出した雪は、張り詰めた様子で警護に当たる土方達の下へと向かう。

「そこの坊」
「えっ」

 この時、油断しすぎていたともっと早く気が付けていたならば、こんな面倒なことに巻き込まれるはずがなかった。

「静かにしていろ。大声を上げれば、分かっているな」

 突如として背後から何者かに口元を覆われ、物陰へと引きずり込まれる。
 低く重く伸し掛かる声が耳元で呪詛を唱えた。

(え、何、なんで……何なの、この状況………)

 抵抗しようにも首元に回された太い腕によって動きを封じられ、声を出すことすら許されない。
 自分が何者かに誘拐されかけたと理解するまで、長い時間を要した。
 辛うじて今いる場所から土方達の姿は見える。しかし、助けを求めることはできずにいた。
 ただ怖くて、喉元がひくりと鳴る。
 押さえつけられた掌の隙間から、微かな息が漏れた。

(やだ……誰か……)

 必死に視線を動かすと、土方がほんの数間先にいる。隊士達と共に、前方へ神経を張り巡らせている。
 ここで声を上げれば、きっと助けに来てくれるだろう。けれど、この男の言う通り、そんなことをすれば何が起きるか分からない。
 不審者は雪の反応を確かめるように、僅かに力を緩めた。

「いい子だ。動くなよ」

 振り返ろうと首を動かすと、無理やり前へと向けられる。
 まるで、目の前に仲間がいるのに助けてくれないことを見せつけるかのように。

「んう……んん!」
「おい、静かにしろ。いいのか、馬鹿なことをすれば、てめぇの首くらいすぐに落とせるんだ」

 いつぞやの少女は、命の危機に晒されても、脅されても怖気づかなかった。
 けれど、この時の少年は、命の危機に対して恐怖し、脅されると怖気づいた。
 抵抗しようにも恐怖が邪魔をして、ただ不審者にされるがままになる。

(いや……助けて………誰か…………)

 声にしなければ助けなど届くはずもないのに、願うのは心の中でだけ。
 ただ一言、「助けて」と声にすることすらできなかった。