想いと共に花と散る

 壬生浪士組は、まだ名を持たない。名を持たぬが故に、今はただ“行動”だけが彼らの価値を示す。
 失敗すれば切り捨てられ、功を立てれば初めて認められる。そんな立場であることを全員が理解していた。
 だからこそ、失敗は許されないのである。
 屯所の門を出ると、京の街はまだ眠りの名残を抱いていた。軒先に残る夜露、白み始めた空、遠くで鳴く鳥の声。
 日常の延長線上にあるはずの景色が、今日はやけに遠く感じられる
 隊列の後方を歩きながら、雪は隊士達の背中を見つめていた。
 歩幅は一定で、視線は前を向いたまま。
 周囲を警戒するように、時折わずかに首を動かすだけで、無駄な動きは一切ない。

(……本当に、“戦”なんだ)

 斬り合いが起きるとは限らない。だが、何も起きないという保証もない。
 御所という場所の持つ重さが、じわじわと胸を締め付けてくる。
 やがて、御所の外郭が見えてくると、空気がさらに変わった。
 すでに配置につく会津藩士達の姿があり、無言の視線が壬生浪士組を値踏みするように注がれる。
 浪士、昨日まではそう呼ばれていた存在が、今日は“警護”としてここに立つ。

「――配置に就け」

 低く短い指示が飛び、壬生浪士組はそれぞれ定められた持ち場へと散っていく。
 離れゆく隊士達の中で立ち尽くす人物が一人。雪はその人物から目が話せずにいた。
 やがて土方は一瞬だけ振り返り、雪を見る。

「こっちに来い」

 警戒と緊張を綯い交ぜにした鋭い視線を向け、たった一言短く言った土方は背を向ける。
 雪はそんな彼の背中を追って動き出した。
 土方に指示されたのは、門から少し離れた回廊の陰。人の流れが交差する位置で、何かあれば即座に動ける場所だった。

「俺の視界に入る所にいろ。余計なことは考えるな」
「……はい」

 雪は柱の傍に控え、息を殺す。耳に入ってくるのは、風が御簾を揺らす音と、遠くで交わされる低い声だけ。
 刀が抜かれることもなく、怒号が飛ぶこともない。
 それでも、時間だけが異様に長く感じられた。

(これが……警護か)

 何も起きないことこそが、役目を果たしている証。
 そう頭では分かっていても、身体は緊張から解けない。
 ふと、隣りに立っていた土方が小さく息を吐いた。

「覚えとけ、雪」
「……はい」
「戦うってのはな、何も斬ることだけじゃねぇ。何も起こさせねぇことも、立派な戦だ」

 その言葉に、胸の奥が静かに震えた気がした。
 名もなく、功もなく、ただ立ち続ける。それが今の壬生浪士組に与えられた役目なのだ。
 夜が完全に明けきる前。彼らはまだ、歴史に名を刻む存在ではない。
 けれど確かにこの朝、壬生浪士組は“守る側”として、御所に立っていた。