想いと共に花と散る

 容保の厳格な出で立ちに雪は思わず唾を飲み込む。雪だけではない、この場にいる誰もが固唾を呑んだことだろう。
 警固、それは、何かが起きる前提の言葉だ。屯所で原田が言った言葉は、これから現実になろうとしている。
 最前列に土方と芹沢に挟まれて座っていた近藤が再度頭を下げた。
 初めて会った時や沖田と藤堂の揶揄いからは想像もつかないほど、今の近藤は局長としての威厳がある。

「……承知しました」

 短く、それだけ。しかし、その一言にここにいる全員の覚悟が集約されていた。
 近藤の返事によって皆の顔つきが変わる。雪もまたぐっと奥歯を噛み締め、覚悟を固めた。
 次の瞬間だった。

「長州藩士を、御所内へ近づけるな」

 呼吸音すら聞こえない室内に容保の冷たく抑揚のない声が響く。頭を下げていた近藤がピクリと肩を震わせた。
 静かに、だがはっきりと告げられた命。その命はこの場にいる全員の耳に届く。
 強く心臓を握り締められたように、胸の奥が痛んだ。息苦しさを感じるのは、この場では雪だけ。
 たった十数人の壬生浪士組の面々は、感情を押し殺して殺意を剥き出しにしていた。

「抵抗があれば、排除せよ」

 それは、時に刀を抜けという意思表示であった。
 初めて土方に出会った時、彼が躊躇なく浪士を切りつけたように。雪華の首筋に刀を沿わせたように。
 彼らは刀を抜き、人に向け、振るうことに躊躇も迷いも持ち合わせていないのだ。

「此度の京は、静かに見えて決して穏やかではない。朝廷を巡り、不穏な動きが重なっておる。この御所の内でさえ、何が起きてもおかしくはない」

 淡々とした容保の声が室内に響き、一層緊張感を漂わす。目を伏せて語る容保の表情は、何処か悲しげに見えた。
 雪の指先が、無意識に袴の端を掴む。どれだけ強く握っても、押し寄せる不安は消えない。
 “御所の内でさえ”、その言葉が重く胸に落ちた。これだけ静かで、言い換えれば安全そうに思える場所ですら、命の危険と隣り合わせであるのだ。

「余は、流血を望んではおらぬ。だが、秩序を乱す者が現れたならば、見過ごすこともできぬ」

 その言葉を聞いた瞬間、雪の脳裏に刀を抜く隊士達の姿が浮かぶ。
 自分のいるこの場所がほんの少し判断を誤れば、修羅場に変わる。そんな予感が、背中を冷たくなぞった。

「よって……。そなたら壬生浪士組には、御所警護の一端を担ってもらう」

 はっきりと告げられた役目。京の状態を詳しく聞かされてから再度命を受けると、よりその重みが伸し掛かった。
 お偉い様が住んでいようと、街の中心であろうと、この場は刀を抜く以上の覚悟を求められる場所なのだと、嫌でも伝わってくる。
 雪は俯いたまま、ぎゅっと唇を噛み締めた。怖い、そう思ってしまった自分を必死に押し殺しながら。
 この場にいる全員がもう後戻りできないところまで来ている。
 それだけは、はっきりと分かった。