想いと共に花と散る

 静まり返った廊下を進むにつれ、空気が一層重くなっていく。板敷きを踏む草履の音さえ、何処か場違いに大きく響いた。

「止まれ」

 先導していた会津藩士の声が低く落ちる。ちらりと横目で近藤達の方を見た会津藩士は、何かを訴えかけているようであった。
 一同は一斉に足を止め、正面に控える襖へと視線を向ける。この部屋がただの部屋ではないことくらい、雪にも分かる。
 その襖の向こうにいる人物を、知らぬ者などいない。雪ただ一人を除いてではあるが。

 松平容保。

 会津藩主にして、京都守護職。今や京の治安を一手に担う、武家の頂点に立つ存在である。
 雪は無意識に息を詰めていた。ここが、これまでとは違う場所だということを肌で感じ取ったのだ。
 会津藩士が一歩前に進み、声を張る。

「――壬生浪士組、御前に」

 その声を会津に襖が静かに開かれた。襖の動きに合わせて心臓が痛いほどに大きく脈打つ。
 芹沢を先頭に一同は部屋の中へと入る。一番最後に部屋に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
 広さは決して広大ではない。だが、無駄のない整えられた室内と、張り詰めた静寂が場の格を雄弁に物語っている。
 部屋の中で整列し坐禅を組む隊士達の背後で座り込んだ雪は、上座に座す一人の男に視線を向けた。
 端正な顔立ちに、静かな眼差し。怒気も威圧もない。だが、そこにいるだけで背筋が自然と伸びてしまう。
 土方や近藤、芹沢達とはまた違う威圧感をその男からは感じられた。

(この人が、松平容保……)

 壬生浪士組一同は、一斉に頭を下げた。畳に額が触れそうなほど深く、普段の乱暴な様子など微塵も感じさせない。
 部屋の端で気配を消すことに専念していた雪も慌てて頭を下げた。
 しばし、沈黙。
 その静けさに、雪は心臓の音が聞こえてしまいそうだった。
 やがて、穏やかでよく通る声が室内に落ちる。

「……顔を上げよ」

 一同が揃って顔を上げる。ザッという布が擦れ合う音がぴったりと揃う。
 雪も、恐る恐る視線を上げた。緊張とこの場に漂う空気に耐えかねた身体が尋常ではないほどに震える。
 容保は、一人一人を確かめるようにゆっくりと視線を巡らせた。まるで、これから何かを託す相手を見極めるかのようである。

「そなた達が、壬生浪士組か」

 短い言葉だったが、その重みは計り知れない。耳にすることすら憚られる、呼吸すらも神聖な存在のように感じられる。
 この瞬間、壬生浪士組は初めて「京の守り」として、正式に見られた。
 雪は、この場にいることの意味を改めて強く噛み締める。ここから先は、もう後戻りできないのだ。

 ――この出会いが、全ての始まりになる。

 そして、後の歴史を大きく変える新たな一歩なのである。

「これより、御所内の警固を命ずる」

 淡々とした声だった。怒号でも、鼓舞でもない。
 感情の色の一つもない声。だからこそ、その言葉は重く逃げ場がなかった。