想いと共に花と散る

 四人乗りの小さな軽自動車は、辺りを田んぼで囲まれたあぜ道をゆったりと進む。
 窓を開けると、爽やかなそよ風が頬を撫で稲の香りが鼻腔を擽る。
 鮮やかな浅葱色をした空の下に広がる緑は、己の持ちうる限りの輝きを放っている。見ているだけで気分が落ち着くのは、田舎特有のゆっくりと進む時間によるものだろうか。
 ぼんやりと窓の外を眺めていると、田んぼの中にぽつりと建つやけに大きな和風の家が見えてきた。
 今日から数日間過ごす帰省先、父方の祖父母の家である。

「よう来たねぇ」

 家の前に車を止めて降りると、穏やかな微笑みを浮かべる祖母が出迎えてくれた。
 キャリーケースを引き摺る父が祖母の前まで行き、首筋に手を当てて何処か気恥ずかしそうに笑う。

「た、ただいま。母さん」
「お義母さん、今日からお世話になります」

 改まった態度を取る母が手土産を祖母に渡す様子を少し離れた所から眺めていた。
 肩から斜めに下げたボストンバックの紐を両手でぎゅっと握り、誰にも気づかれまいと気配を押し殺す。
 再びキャスターと地面が擦れ合う音が鳴り始め顔を上げると、両親が一足先に家の中に入ろうとしていた。
 一人取り残されてしまい、どうしたものかと広い家の敷地内で戸惑う。
 そんな時に手を差し伸べてくれたのは父の大きな手でも母の華奢な手でもなく、皺だらけの祖母の手であった。

「行こうかぁ」
「……うん」

 右手に母から受け取った手土産を持って、左手は離れないようにしっかりと手を繋いでいる。
 祖母は両手が塞がろうとも嫌な顔一つ見せなかった。
 そんな祖母が両親よりも好きだ。あまり関心を向けてくれない両親と違って、祖母はこうして手を繋ごうとしてくれる。
 そして何よりも、

雪華(せっか)ちゃん、ここまで遠かっただろう。中に入ったら、アイス食べようねぇ」

 祖母が付けてくれた名前を嬉しそうに呼んでくれる。だから、昔から祖母が大好きだった。

「うん!」

 返事の声音が弾むのは必然的なこと。大好きな祖母に手を引かれ、大好きな祖母に名前を呼んでもらえる。これ以上の幸福は、今のところ思いつかなかった。
 それくらい、この時間が何よりも幸せで尊いと感じるから。