想いと共に花と散る

 それはそれは長い時間が過ぎた。一体、何羽の烏が頭上を飛び去ったのか分からない。
 やがて、前方に立つ会津藩士の一人がゆっくりと振り返った。
 ちょんまげ姿の彼の顔を見た雪は思わず息を呑む。これが俗に言う武士という、のちの歴史に大きく名を残す者達の姿であること。
 窶れた表情を浮かべる会津藩士は、迷いなくその視線を壬生浪士組、局長である近藤へと向ける。

「……壬生浪士組」

 名を呼ばれただけなのに空気が変わった。背筋が自然と伸び、隊士達の視線が一斉に前を向く。
 一歩前に躍り出た近藤は、真っ直ぐと曇りのない瞳を会津藩士へと向けた。
 会津藩士は一同を一瞥すると、低く、しかしよく通る声で告げた。

「これより、容保公の御前へと案内する」

 その一言に、隊士達の喉が一斉に鳴ったのが分かった。雪もまた、息を呑みぎゅっと袴を握り締める。
 ざわめきは起こらない。誰一人として声を発する者はいないが、それでも確かに緊張が波のように広がっていく。
 誰よりも命令を下した会津藩士の近くにいた近藤が一歩前に出た。
 雪にはその背中が何よりも大きく、そして頼もしく感じたのなど言わずとも知れたことである。

「はっ。壬生浪士組、承知いたしました」

 返答したのは、言わずもがな近藤だった。
 張りすぎず、しかし決して軽くない声音。武士としての礼を崩さぬその態度に、会津藩士は小さく頷く。

「ついて来い」

 短い命と共に、会津藩士は踵を返した。彼の後を追う様に壬生浪士組の一同も動き出す。
 緊張で暴れる心臓を押し留め、雪は土方の背中を見失わないように追いかけた。
 門の内側へと足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
 御所の中は、外とはまるで別の世界だった。何処まで続いているのか分からない廊下、幾つあるのか分からない部屋の数々。
 土方達がどうして落ち着いた様子でこんなにも立派な建物の中を歩けるのか、雪には不思議でならなかった。
 隊列を乱さぬよう進む中で、雪は無意識に土方の背を見つめる。
 背中越しでも分かる。彼の全身が、これから起こる“何か”に備えて張り詰めているのだ。

 ——政変は、もう始まりかけている。

 土方の背中がそう物語っていることを、雪は見逃さなかった。