想いと共に花と散る

 忙しなく先へと進んでいた隊は、やがて御所の奥――紫宸殿へと続く広場に出る。
 広大で不純物を一切感じさせない清浄無垢な地に躍り出た一同は、敷地内の中央で動きを止めた。
 紫宸殿には多くの藩の部隊が到着していたようで、すでに配置についている。
 会津藩士が中心となり、緊張した面持ちで周囲を固めているのが見えた。

「ここから先は、上の沙汰を待つ」

 近藤が小声で言い渡すと、壬生浪士組は整然と二列に並んだ。
 周囲のざわめきが、ひどく遠くに聞こえる。それだけで、これから起きようとしている事の重大さが思い知らされる。
 雪はふと空を見上げた。隣にたっていた土方もつられて見上げる。
 雲は薄く、昼の光が静かに降り注いでいた。
 だがその穏やかさとは裏腹に、御所の空気は張り裂けそうなほどの緊張で満ちている。
 まるで、ほんの僅かなきっかけで何かが動き出す。そんな予兆がそこかしこに漂っているのだ。
 そんな緊張を強調するように、土方が刀の鞘を軽く握り直す。
 その仕草を横目で見た雪は、これが“ただの呼び出し”ではないことを改めて理解する。

「……始まるか」

 誰が呟いたのかも分からないほど小さな声が、周囲に沈んだ。
 その声を皮切りに、御所の内は異様なほどに静まり返える。呼吸音すら聞こえない、皆が息をすることすら憚られる重い空気が辺りに漂っている。
 
「……怖いか」
「えっ?」

 押し殺した土方の声が聞こえ、足元に落としていた視線を上げる。
 息を呑むほど整った横顔は、真っ直ぐと前を見据ていた。雪と同じく腰まである束ねた黒髪がゆらりと風に揺れる。

「何が起きるか分からない、何のためにこの場にいるのか分からない」
「土方さん……?」
「刀を下げた連中ばかりを集めて、お上様は何を考えているのか……。人間は理解できないことに対して恐怖する。お前は、この状況が理解できなくて怖いか」

 この異様なまでに張り詰めた空気が何によって生み出されたのか、これから一体何が始まろうとしているのか。
 何も知らないよそ者である雪が、この京の町の状態を知るはずもないのだ。
 何処かで低い咳払いが聞こえ、また別の場所では刀の柄を握り直す微かな音が鳴る。
 誰も声を張り上げない。命令を待つ者も、命令を下す者も、ただ「その時」を待っていた。