想いと共に花と散る

 門を潜った瞬間、外とはまるで違う世界が広がった。異世界にでも迷い込んでしまったのかと錯覚してしまいそうなほどだ。
 広く静まり返った石畳。整然と並んだ松。そして空気そのものが、酷く冷たい。

 ――ここは、ただの「場所」ではない。

 雪は無意識に息を呑んだ。先を進む土方の背中を追いつつ、胸の奥が締め付けられるのを感じる。
 御所の広さに圧倒されたのではない。
 そこに満ちる、言葉では説明できない“権威”に触れたのだ。

「んなビビりながら歩くな。もっと堂々と歩け、悪目立ちする」

 決して振り返ることはなく、前を見据えた土方の低い声が広い御所の空気に溶けて消えた。
 その声色はいつもよりも僅かに硬い。それだけ、この場が特別なのだということを体現しているようである。
 壬生浪士組の列は、静かに、しかし確かに歩みを進めた。奥へ進むにつれ、他藩の武士達が次々と視線を向けてくる。
 雪には誰が何処の藩の人間であるのかなどさっぱりだが、尊皇派の諸藩の者もいれば、会津、桑名ら幕府寄りの者達もいた。
 どの藩士も表情は固く、互いに牽制しながら周囲を睨んでいた。野生の動物に威嚇される小動物にでもなった気分だ。
 その上、ただでさえ京で悪目立ちしている壬生浪士組の中に、男物の袴を身に纏い黒髪を腰近くまで伸ばした子供がいるのである。
 誰がどう見ても、今の雪は不審者と同等であった。
 辺りから向けられる奇異の目に耐えかねた雪は、思わず土方の袖口を掴みそうになるが、ぐっと堪える。

「怖じ気づく必要はねぇ。前だけ見てろ」

 振り返ってなどいなかったはずなのに、その一瞬の雪の迷いを感じ取った土方は言う。
 視線は一切雪に向けないまま、歩調も乱さない。それでも、その一言で雪の肩から力が抜けた。

「俺の小姓だってんなら、それ相応の態度を示せ」

 ふと立ち止まった土方は、首だけで振り返り独り言のように呟く。意識していなければ聞き逃してしまいそうなほど、彼らしくない小さな声だ。
 それでも、雪は聞き逃さなかった。ぶっきらぼうで他人事のように聞こえるその言葉だが、不器用ながらに土方は雪に伝えようとしたのである。

(私が小姓であること……受け入れてくれたんだ)

 初めは互いにこの関係を受け入れるのに時間を要した。近藤に“局長命令”と称して強要され、断ることもできずに流されて今に至る。
 しかし、雪は土方のことを命を助けてくれた恩人であると思い、土方は雪を自身の小姓と認めている。
 端から見れば些細な違いかもしれないが、二人にとっては新たな一歩なのであった。