険しい沈黙が土方を包む。山南の「目の届かない所に置いておくのは気が引ける」という一言は、冷静に見えて芯を突きすぎていた。
雪はそれが土方を責めたものではないと分かっていながらも、胸の奥がざわついて仕方がない。
「……山南さん。こういう時だけ、やけに悪どい言い方すんじゃねぇか」
ようやく口を開いた土方は、深く息を吐き肩を落とした。
表情からは、してやられたとばかりの諦めが浮かんでいる。
「私は事実を述べただけですよ。さて土方君、どうします?」
山南は柔らかな笑みを浮かべながらも一歩も退かない。
その視線は“雪を同行させることを認めたらどうか”と静かに迫るものだ。
二人の間で口を挟むことすら憚られる雪は、何をするでもなく右往左往するだけだった。
自分の発言でこんな重い空気を生んでしまったなど、数石前の自分は夢にも思わなかっただろう。
「……雪」
「は、はいっ!」
土方に名を呼ばれると、反射的に背筋が伸びた。いつも彼に名前を呼ばれる時は、こうして無駄に緊張してしまう。
足元に落としていた視線を上げると、土方は真正面から見据えてきた。
その瞳にはいつもの厳しさと、何処か測るような鋭い光が宿っていた。
「お前、本気で来るつもりか。行けば戻れねぇ場所まで踏み込むかもしれねぇ。それでもか?」
雪は口を開きかけたが、出たのは吐息だけで言いたい言葉は空気に溶けた。
その沈黙をどう受け取ったのか、土方はさらに低く落ち着いた声で言う。
「遊びじゃねぇんだ。今日の御所は緊張で張り詰めてる。お前みてぇな素人が入れば、何があるか分からん」
厳しい言葉だが、雪を突き放すというより“覚悟を問う”声音だった。決して邪魔者扱いをしているのではなく、身の安全を考慮しての言葉であるくらい雪でも分かる。
雪は服の裾をぎゅっと握り締め、喉を震わせた。再び視線を下に落とすと、足は震えていた。
それでも、ここで逃げては何も変わらない。
「……怖いです。でも、置いて行かれる方が、もっと怖いんです」
出てきたのは震える声。弱々しく、端から見れば男二人が子供に叱りつけている様子に見えるかもしれない。
けれど、雪の口から出たのは確かな本心だった。
ぎゅっと身体を縮こまらせる雪を土方はしばらく見つめ、それからゆっくりと視線を伏せた。
肩が僅かに動き、短く息を吐く。
それは、怒りでも呆れでもない――諦めに似た、しかし何処か優しい溜息だった。
「……はぁ。分かったよ」
「え……?」
「どうせ言っても聞かねぇんだろ。だったら俺の目の届くところにいた方がマシだ」
土方は腕を組みながら、わざとぶっきらぼうに言った。
その言葉を聞いて勢いよく顔を上げれば、すぐに目を逸らされてしまう。
それでも、雪の胸に一気に熱いものが広がった。左隣で山南は満足そうに微笑む。
「……ただし」
土方は雪に鋭い視線を向ける。わざと重圧を掛ける突き刺すような視線だ。
雪は彼の目を真っ直ぐと見つめ、自身の胸の奥で覚悟を決める。
「勝手な行動は絶対にすんな。俺の後ろを離れたら承知しねぇぞ」
「は、はいっ!」
雪が返事すると同時に、土方は浅葱色の羽織を揺らし踵を返して歩き出す。
そして振り向きもせず、短く命じた。
「出るぞ。すぐに支度しろ」
その言葉には、雪を“共に行く者”として認めた響きが確かにあった。
雪はそれが土方を責めたものではないと分かっていながらも、胸の奥がざわついて仕方がない。
「……山南さん。こういう時だけ、やけに悪どい言い方すんじゃねぇか」
ようやく口を開いた土方は、深く息を吐き肩を落とした。
表情からは、してやられたとばかりの諦めが浮かんでいる。
「私は事実を述べただけですよ。さて土方君、どうします?」
山南は柔らかな笑みを浮かべながらも一歩も退かない。
その視線は“雪を同行させることを認めたらどうか”と静かに迫るものだ。
二人の間で口を挟むことすら憚られる雪は、何をするでもなく右往左往するだけだった。
自分の発言でこんな重い空気を生んでしまったなど、数石前の自分は夢にも思わなかっただろう。
「……雪」
「は、はいっ!」
土方に名を呼ばれると、反射的に背筋が伸びた。いつも彼に名前を呼ばれる時は、こうして無駄に緊張してしまう。
足元に落としていた視線を上げると、土方は真正面から見据えてきた。
その瞳にはいつもの厳しさと、何処か測るような鋭い光が宿っていた。
「お前、本気で来るつもりか。行けば戻れねぇ場所まで踏み込むかもしれねぇ。それでもか?」
雪は口を開きかけたが、出たのは吐息だけで言いたい言葉は空気に溶けた。
その沈黙をどう受け取ったのか、土方はさらに低く落ち着いた声で言う。
「遊びじゃねぇんだ。今日の御所は緊張で張り詰めてる。お前みてぇな素人が入れば、何があるか分からん」
厳しい言葉だが、雪を突き放すというより“覚悟を問う”声音だった。決して邪魔者扱いをしているのではなく、身の安全を考慮しての言葉であるくらい雪でも分かる。
雪は服の裾をぎゅっと握り締め、喉を震わせた。再び視線を下に落とすと、足は震えていた。
それでも、ここで逃げては何も変わらない。
「……怖いです。でも、置いて行かれる方が、もっと怖いんです」
出てきたのは震える声。弱々しく、端から見れば男二人が子供に叱りつけている様子に見えるかもしれない。
けれど、雪の口から出たのは確かな本心だった。
ぎゅっと身体を縮こまらせる雪を土方はしばらく見つめ、それからゆっくりと視線を伏せた。
肩が僅かに動き、短く息を吐く。
それは、怒りでも呆れでもない――諦めに似た、しかし何処か優しい溜息だった。
「……はぁ。分かったよ」
「え……?」
「どうせ言っても聞かねぇんだろ。だったら俺の目の届くところにいた方がマシだ」
土方は腕を組みながら、わざとぶっきらぼうに言った。
その言葉を聞いて勢いよく顔を上げれば、すぐに目を逸らされてしまう。
それでも、雪の胸に一気に熱いものが広がった。左隣で山南は満足そうに微笑む。
「……ただし」
土方は雪に鋭い視線を向ける。わざと重圧を掛ける突き刺すような視線だ。
雪は彼の目を真っ直ぐと見つめ、自身の胸の奥で覚悟を決める。
「勝手な行動は絶対にすんな。俺の後ろを離れたら承知しねぇぞ」
「は、はいっ!」
雪が返事すると同時に、土方は浅葱色の羽織を揺らし踵を返して歩き出す。
そして振り向きもせず、短く命じた。
「出るぞ。すぐに支度しろ」
その言葉には、雪を“共に行く者”として認めた響きが確かにあった。



