想いと共に花と散る

 壁の割には柔らかい感触を感じて一瞬思考が止まった。当たった衝撃はあれど、大きく態勢を崩すことはない。
 不思議に思いつつ恐る恐る顔を上げると、目の前には原田が立っていた。壁と勘違いしてしまったのは、その屈強な体格によるものらしい。そしてその隣には、もう一人の隊士の姿がある。

「うおっと……悪い」
「す、すみません!」

 原田とはさほど関わったことはない。沖田と藤堂と町へ出かけた帰りに庭で顔を合わせてから、ほどんど顔を合わせていなかった。
 そしてそんな原田の隣りに立つ無表情の男とは、存在を知っている程度の関係だ。
 襟巻きが印象的な無表情の斎藤一という男である。雪は一度も彼とは関わったことがない。
 そんな彼らを前にして雪は何を言ったらいいのか分からず、大げさに頭を下げてみせた。
 腰まである黒髪が視界を遮って、自分と周りに障壁を築く。

「……雪、だったよな。前に庭で会った」
「はい、原田さんと斎藤さん、ですよね」
「副長の小姓だったか。こうして顔を合わせるのは初めてだな」

 原田の離れの中でも一際目立つ赤髪とその背丈は、直接関わることはなくても時折見かけることがあった。
 どれだけ遠くにいてもすぐに見つけられそうなその容姿は、彼の人柄を表しているようである。
 そして斎藤は屯所の中で見かけると言ってもほとんど一瞬のことであった。襟巻きを巻いている者など彼くらいしかいないため、姿はよく覚えている。
 それでも、こうしてまともに彼の声を聞いたのはこれが初めてだ。

「何、土方さんに会いに行ってたのか?」
「そうなんですけど……忙しいみたいで追い返されちゃって」
「あー、無理もねぇよ。今日はただの外出じゃねぇからな」
「外出じゃない? 市中の見回りに行くんじゃないんですか?」

 オウム返しに聞き返すと、原田は一瞬離れの中を見渡してから、雪の手首を優しく掴んだ。
 言葉にはしなかったが、何処か人気のない所に行こうという意図らしい。斎藤もまた原田の意図を汲み取り、足早に離れの前から移動する。
 特に抵抗することもなく手を引かれるままに部屋を出て、静かな縁側に並んで座った。

「流石に気づいてるよな。屯所の……なんつーか、この変な空気」
「……重いというか、苦しいと言うか。皆さん、何処かピリピリしてますね」
「その様子では、聞かされていないみたいだな。今日、俺達は御所に行く」
「御所……」

 真剣でありつつ、何処か不安げな表情を浮かべる原田は、雪の呟きに静かに頷いた。
 斎藤は少し離れたところで腕を組み、静かに目を閉じている。
 
「京の中でな、でけぇ動きがあるってんで俺達が御所にお呼ばれされたんだ。浪士組だけじゃねぇ……会津や薩摩の連中も動いてる。こいつらのどっちが政権を握るかってんで火花散らしてんだよ。この頃、長州の奴らが好き勝手してたからな。会津や薩摩はそれを京でひっくり返すつもりなんだ」

 原田の話は歴史的用語が多すぎて雪にはほどんど理解できなかった。それでも、彼の様子や、不自然な屯所内の空気を感じれば自ずと只事ではないと察せる。