想いと共に花と散る

 山南と別れて朝の一仕事を終えた雪は、とある人物を探して屯所の中を彷徨っていた。
 その人物とは、雪の主的存在である土方のことである。

「土方さん、何処だろう……」

 朝から薄々感じていたが、近頃の屯所の雰囲気は何処かおかしい。
 普段であれば、離れの外であっても中からの怒号や笑い声が聞こえるはずなのに、今日も辺りはしんと静まり返っていた。
 屯所の中は一通り見て回ったため、土方がいるとなると後は離れだけ。
 滅多に蝉の声が聞こえることはないのだが、離れの前に立った今も蝉の声が聞こえるほどに静かである。
 深く息を吸って吐き、そっと障子を引くと離れの中へと足を踏み込んだ。

「……総司君、土方さんっている?」
「あそこ」

 握り締めた刀に目を落としたまま、低く冷たい声で言う。
 いつもなら話し掛けるなり目を見て微笑みかけてくれるのに、やはりこの屯所内に漂っている重い空気が原因なのだろうか。
 沖田が指差す方向に目を向けると、帳場で負のオーラを醸し出している鬼がいた。
 近寄りがたいが近づいて声を掛けなければならない。不穏な空気が屯所内に流れている理由、沖田がやけに冷たい態度を取る理由など、気になることがたくさんあった。

「ひ、土方、さん……」
「ああ?」
「あ、あの……次の、お仕事を………」

 机の上に視線を向けると、大量の手紙らしきものが散乱している。そして、土方の周りには散り散りに破かれた紙、丸められた紙が無数に散らばっていた。
 土方は筆を握ったまま、目の下に隈が浮かんだ窶れた顔を雪に向けた。
 
「あー、今日はそれどころじゃねぇ。総司のとこにでも行ってろ」

 そう言うなりさっさと机の上に広げた真っ白の紙に目を落としてしまう。
 言葉にせずとも離れろと言われてしまい、雪は渋々土方の元を離れた。
 とはいっても何処に行くわけでもない。土方の許しがない限り屯所の外には出られないし、庭で素振りをする藤堂や永倉のように鍛錬に励むわけでもない。
 土方には沖田の所へと行くように言われたが、壁に深く背を預けて刀を眺めている彼には到底近づける雰囲気ではなかった。
 となると何をするか。山南は離れにいないようだし、近藤とは親しく話すような間柄ではない。
 手持ち無沙汰を感じながら離れを出ようとした時、突然目の前に現れた大きな壁に激突した。