しばらく笑い散らかした山南は、一つ息を吐くとズレてもいない眼鏡を直す仕草を見せる。
重い腰を上げてゆっくりと雪の隣りに立つと、そっと背中に手を添えた。
けれど決して触れることはなく、触れそうで触れないギリギリの距離感である。
「雪君、自分のことをどう思おうがどう言おうが個人の勝手ですが、自分自身を見失ってはいけません。それに……君はもう十分に“生きよう”と思えているではありませんか」
どくんと心臓が大きく脈打つ。いつの間にか治っていた首の刀傷が再び痛んだ気がして指先で触れるが、すでに包帯は取れていた。
屯所に向けていた視線を山南へと移す。穏やかな微笑みを浮かべる彼は、この殺伐とした壬生浪士組には不似合いに思えた。
「自分の身は自分で守る、そう思えるのは君の強さです。恐怖も不安もあるのに君はここにいる、それだけで十分ですよ」
彼のような人の良さをすぐに見つけられるような人が、どうしてこんな殺伐とした場所にいるのか理解できない。
きっと山南の頭脳があればもっと他のことに役立てるだろうに。そう考えた時、雪は気付いた。
役立てられる場所があれば、身分があればとっくにそうしていただろう。今この瞬間、この場所に山南がいる、それが抗いようのない残酷な現実を表していた。
「それに、壬生浪士組は強い者だけがいるわけではない。強さだけなら芹沢さん一人でいいんです」
「えっ……そんな………一発で人を殺せるような人が、強くない?」
この時代に迷い込んだ時、絡んできた浪士をいとも簡単に斬り伏せた土方の姿が脳裏に蘇る。
まるで鬼だと思うほど、月を背にして立つ彼の姿は浮き世離れしていた。
そんな彼らが強いだけではないと言う山南の言葉が雪には理解できなかった。
「ええ。“優しさ”を持つ人間がいなければ、この組……いいえ、人が集まる場所なんてすぐに壊れてしまう。実際、我々は何かしら欠けていますから」
ふわりと吹いたそよ風が雪と山南の髪を揺らす。
視界を塞いだ雪の長い黒髪を山南は優しい手つきで払った。決して背中には触れなかったのに、やけに愛おしげに髪に触れる。
数日前、お金を無駄遣いしたことで庭の掃除をしていた時、躓いたところを支えてくれた沖田に抱いたモヤモヤが胸の奥に広がった。
あの時のように山南の顔を見ていられなくて、逃げるように視線を逸らす。
「だから君は、君のままでいい。土方君に頼るのも、沖田君や藤堂君、もちろん私にだって寄り掛かってくれていいんです。何も恥ずかしいことはないんですから」
「……私は、皆さんの仲間になれますか?」
壬生浪士組にやってきてから長らく思い悩んできたこと。
沖田や藤堂、今日初めて顔を合わせた山南達は親しみを持って接してくれている。
けれど、どうしても彼らとの間に踏み入ってはいけない、逆らいようのない距離感を感じていたのだ。それが雪には不安であり、自分にはどうしようもない障壁だった。
「君が上手く人を頼れるようになれば、きっと全員がそう思ってくれるようになりますよ」
「私、私は……皆さんの優しさに、甘えてもいいんですか?」
「人に甘えて、人を頼って、そうやって人は強くなる」
甘えることを許されなかった。頼れる相手がいなかった。
そんな雪華は、この場所で甘えてもいいと、頼ってくれたらいいと言ってくれる人と出会った。
彼らと共にいたい、そう思えた。
雪はこの時の山南の言葉を深く胸に刻んだ。いつまでも忘れないために。
重い腰を上げてゆっくりと雪の隣りに立つと、そっと背中に手を添えた。
けれど決して触れることはなく、触れそうで触れないギリギリの距離感である。
「雪君、自分のことをどう思おうがどう言おうが個人の勝手ですが、自分自身を見失ってはいけません。それに……君はもう十分に“生きよう”と思えているではありませんか」
どくんと心臓が大きく脈打つ。いつの間にか治っていた首の刀傷が再び痛んだ気がして指先で触れるが、すでに包帯は取れていた。
屯所に向けていた視線を山南へと移す。穏やかな微笑みを浮かべる彼は、この殺伐とした壬生浪士組には不似合いに思えた。
「自分の身は自分で守る、そう思えるのは君の強さです。恐怖も不安もあるのに君はここにいる、それだけで十分ですよ」
彼のような人の良さをすぐに見つけられるような人が、どうしてこんな殺伐とした場所にいるのか理解できない。
きっと山南の頭脳があればもっと他のことに役立てるだろうに。そう考えた時、雪は気付いた。
役立てられる場所があれば、身分があればとっくにそうしていただろう。今この瞬間、この場所に山南がいる、それが抗いようのない残酷な現実を表していた。
「それに、壬生浪士組は強い者だけがいるわけではない。強さだけなら芹沢さん一人でいいんです」
「えっ……そんな………一発で人を殺せるような人が、強くない?」
この時代に迷い込んだ時、絡んできた浪士をいとも簡単に斬り伏せた土方の姿が脳裏に蘇る。
まるで鬼だと思うほど、月を背にして立つ彼の姿は浮き世離れしていた。
そんな彼らが強いだけではないと言う山南の言葉が雪には理解できなかった。
「ええ。“優しさ”を持つ人間がいなければ、この組……いいえ、人が集まる場所なんてすぐに壊れてしまう。実際、我々は何かしら欠けていますから」
ふわりと吹いたそよ風が雪と山南の髪を揺らす。
視界を塞いだ雪の長い黒髪を山南は優しい手つきで払った。決して背中には触れなかったのに、やけに愛おしげに髪に触れる。
数日前、お金を無駄遣いしたことで庭の掃除をしていた時、躓いたところを支えてくれた沖田に抱いたモヤモヤが胸の奥に広がった。
あの時のように山南の顔を見ていられなくて、逃げるように視線を逸らす。
「だから君は、君のままでいい。土方君に頼るのも、沖田君や藤堂君、もちろん私にだって寄り掛かってくれていいんです。何も恥ずかしいことはないんですから」
「……私は、皆さんの仲間になれますか?」
壬生浪士組にやってきてから長らく思い悩んできたこと。
沖田や藤堂、今日初めて顔を合わせた山南達は親しみを持って接してくれている。
けれど、どうしても彼らとの間に踏み入ってはいけない、逆らいようのない距離感を感じていたのだ。それが雪には不安であり、自分にはどうしようもない障壁だった。
「君が上手く人を頼れるようになれば、きっと全員がそう思ってくれるようになりますよ」
「私、私は……皆さんの優しさに、甘えてもいいんですか?」
「人に甘えて、人を頼って、そうやって人は強くなる」
甘えることを許されなかった。頼れる相手がいなかった。
そんな雪華は、この場所で甘えてもいいと、頼ってくれたらいいと言ってくれる人と出会った。
彼らと共にいたい、そう思えた。
雪はこの時の山南の言葉を深く胸に刻んだ。いつまでも忘れないために。



