想いと共に花と散る

 今の質問は忘れてほしい、そう口にしようとする。しかし、そっと唇に添えられた山南の人差し指によって言葉は止められた。

「いえ、いいです。君はここへ来たばかりだから彼のことを知らなくて当然。身を守るためにも、知っておいたほうがいいでしょう」
 
 雪が慌てて言葉を飲み込むより早く、山南はそっと口を開いた。
 その声音には、何処か諦めにも似た静けさがある。
 逸らされていた眼鏡の奥の瞳は、辺りの衣服に向けられる。一枚の衣服を手に取った山南は、独り言のように語りだした。

「では、まず初めに。芹沢鴨という男について語る前に、我々壬生浪氏組が生まれた経緯からお話しましょうか。恐らく、雪君はまともに我々の身の上を聞かされていないでしょう」
「そういえば、確かに……聞かせてください」

 真っ直ぐと視線を合わせて頷くと、満足気に微笑んだ山南は語り始めた。
 壬生浪士組、彼らが何故この京に留まり人斬り集団となったのか。



 京の町はその頃、まるで細い糸の上を歩いているような危うさに満ちていた。
 尊王攘夷だの、公武合体だの、諸藩の思惑が入り乱れ、ちょっとした火種で町が燃え上がりかねない。
 京都守護職を務める会津藩主・松平容保は、そんな京の治安に頭を抱えていた。
 そんな彼の前に現れたのが、一際野心の強い浪士・清河八郎だった。

「浪士組を作りましょう。腕の立つ者達を集めれば、京都守護職殿の力になれるはずです」

 言葉は熱く、理想に満ちていた。
 容保もこれを悪い話ではないと判断し、幕府へ働きかけて清河主導で浪士組の結成が進む。
 こうして全国から“腕に覚えあり”の浪人達が江戸に集まってきた。
 近藤勇、土方歳三、沖田総司、芹沢鴨らの姿もその中にある。
 江戸で結成された浪士組は、幕府の命を受けて京都へ向かうこととなった。皆は、「将軍警護」「京都の治安維持」に貢献できるものと胸を躍らせていた。
 しかし──。

「あろうことか、我々は京へ来てから二十日ほどで江戸に戻ることとなりました」

 山南は素の穏やかさなどなかったもののように、苦々しい表情を浮かべる。
 京に着いた直後、清河は突如として本性を露わにしたのだ。

「我らの真の使命は、京都守護でも将軍警護でもない。尊王攘夷のために働くことだ!」

 幕府と会津の庇護で京に来たはずなのに、急に倒幕側へ寝返る宣言をしたのだ。これは近藤たちにとって寝耳に水だった。
 会津藩・松平容保もこれに激しく驚き、即座に浪士組を江戸へ戻すよう命じる。
 その時、隊士達は二つに分かれた。