想いと共に花と散る

 沖田達に向けていた視線をゆっくりと動かす。変わらず髪は男に掴まれたまま、視線は真っ黒な羽織に埋め尽くされている。

「そいつは、うちの小姓だ。酔って絡む相手を間違えられては困る」

 黒羽織の男は、ゆらりと振り返る。
 そこには、必死に怒りを抑え込もうと表情を歪めた土方が立っていた。今にも斬り掛からんとする鋭い眼光を宿した瞳を男に向けている。

「なんだ土方。たかが雑用の餓鬼だろ」
「そうだとしても、あんたにゃ関係ねぇだろう。早くその手を離してくれねぇか」

 鋭い眼光で睨めつけた土方は、肩に置いていた手を滑らせて男の腕に移す。そのまま刀を握るように強く掴んだ。
 相当な力で握られているようだが、男は表情の一つも変えない。
 しばしの時間、鬼と獣が睨み合う。得も言われぬ緊張感が朝の庭に張り詰めていた。

「……ちっ、過保護だな」

 先に折れたのは、黒羽織の男である。雪の髪を掴んでいた手を離すと、土方の手を振り払った。
 土方は雪を背に庇うように男の前に立ちはだかる。
 この時の土方の背中が何よりも大きく、そして頼もしく感じたのだった。

「こいつに指一本でも触れてもみろ。それ相応の覚悟があるとみなして対処させてもらう」

 土方の声音は静かだが、その奥に鋭い刃が潜んでいた。庇われている雪ですら身震いするほどである。
 男は一瞬、じろりと土方を睨みつけたが――。

「……けっ、つまらねぇ」

 そう吐き捨てると、千鳥足で屋敷の中へと消えていく。土方は男の背中が見えなくなるまで雪を背に庇っていた。
 男の背中が完全に見えなくなった頃、雪はようやく息を吐いた。

「……ひ、土方さん……」
「雪」

 振り返った土方の表情は、いつもの冷たさよりも少しだけ柔らかかった。
 それでも変わらず眉間に皺が寄ったままの不機嫌さは健在なのだが。

「芹沢さんには極力近づくな。いいな」
「はい……分かりました」

 短く吐き捨てた後、土方は雪に背を向けてその場を去っていく。
 彼の言葉が胸に沁み、雪はそっと頷いた。