想いと共に花と散る

 彼女は信用しても良い人物かもしれない。左右に座っている沖田と藤堂も悪い人達ではないが、やはり警戒心は拭えぬままだ。
 同年代の同性ということもあり、小夜の提案はすんなりと受け入れられた。
 何より、沖田と藤堂が信用している人物である。甘味処の娘であれば、雪に危害を加えることはないに等しいだろう。

「それじゃあ、お願いしようかな」
「うん! お二人とも、雪のことお借りするんでー」
「頼んだぜ」

 長椅子から立ち上がった雪は、小夜に手を引かれて甘味処の中へと踏み入った。
 小夜は店の奥へと進み、階段を上がって二階へと向かっていく。
 この建物は、一階が甘味処、二階が住居になっているらしい。二階に上がった小夜は、こじんまりとした畳張りの一室に雪を入れた。

「ほんなら、さっそく着付けていこっか。まずは前と後ろを確認して、裾を床に広げる。ほら、前はここで、後ろはこうするんよ」

 小夜の指先は軽やかに布を整え、しっかりと折り目を作る。
 雪は手を伸ばし、同じように布を押さえた。厚手の袴は思ったより滑りやすく、幾度も折り目が崩れる。

「うーん……こうで大丈夫?」
「そうそう。でも裾はちょっと床につかんように持ち上げて。袴は立ったときに足さばきしやすいように余裕を持たせる」

 小夜が布を軽く持ち上げ、雪の手に添えて指導する。初めて触れる衣服の重みと温もりに、思わず小さく息を吐いた。

「次は紐や。前で交差させて、後ろで結ぶ。きつすぎても緩すぎてもあかん、加減が大事」

 雪は藍色の紐を手に取り、少し震える手で交差させる。小夜は彼女の肩に手を添え、手元を補助しながら結び方を示した。
 紐の柔らかさ、少しざらついた繊維の感触が指先に伝わる。

「こう?」
「いい感じ。雪ってば、指先が丁寧だからすぐ覚えられるんやない? ほら、もう少し上に引っ張って、結び目は後ろの真ん中に」

 結び目が決まった瞬間、雪の胸には達成感が小さく込み上げる。
 鏡を覗くと、見慣れない格好をした自分自身と目が合った。藍色の袴が落ち着いた光沢を放ち、しっかりと身体に馴染んでいる。裾の長さもぴったりだ。

「……あ、すごい……。思ったより、かっこいいかも……」
「立った姿も、身体の動きに合っとるね」

 小夜は雪の肩にそっと手を置き、優しく微笑みかける。雪も思わず笑みを落とし、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。袴の重みが背中に伝わり、自然と背筋が伸びる。

「最後に、前の腰紐を整えよか。ちょっと布を引っ張って、皺を伸ばして……うん、完璧」

 鏡の中の自分を見つめる雪は、普段の自分とは違う姿に戸惑いながらも、胸が少し誇らしくなるのを感じた。
 藍色の袴は重厚でありながら何処か柔らかく、風を受けると微かに揺れる。布の手触り、結び目の締まり、腰に伝わる重み、それら全てが雪に新しい感覚を与えていた。

「……どうかな。似合ってる?」
「うん! よお、似合ってるよ」

 小夜の笑顔に雪は自然と頷き、胸の中にほんのりとした安心感と高揚が広がった。
 これならば土方の小姓として姿を偽ることができる。後は自分の振る舞い次第だろう。