それを知らされたのは、まだ太陽が顔を出していない夜明け前だった。
空が白み始めるにはまだ早く、障子の向こうは深い藍色に沈んでいる。
遠くで鶏が鳴いた気がしたが、それも本当かどうか分からないほど静かな朝だった。
その静けさを破ったのは、控えめな足音。
「土方歳三殿は、こちらにおられるか」
戸口に立つ男は、旅装のまま背を正していた。息も乱れていない。
急いできた様子はなく、ただ“役目を果たしに来た”という顔をしている。
「は、はい。今お呼びします」
戸惑いつつも、雪は部屋で文机に向かう土方を呼び出す。
少しして部屋から出て男の前に立った土方は、怪訝な表情を浮かべた。
「……何の用だ」
男は土方に向かって一礼し、懐から一通の書付を取り出した。
それを差し出す仕草が、あまりにも丁寧で、あまりにも淡々としていて。
雪は、胸の奥がひどく嫌な音を立てるのを感じた。
「本日――」
男は、そこで一度言葉を区切った。
間を置いたのではない。読み慣れた文をなぞるために、息を吸っただけだ。
「――……午前、板橋刑場にて。近藤勇、斬首」
その瞬間、世界の音が一斉に遠のいた。
何を言われたのか、すぐには理解できなかった。
“本日”、“午前”、“斬首”。言葉ははっきりしているのに、意味だけが頭に入ってこない。
雪は、ゆっくりと首を動かして土方を見る。土方は、動かなかった。
書付を受け取るでもなく、拒むでもなく、ただ男を見据えている。
その目は怒ってもいなければ、悲しんでもいなかった。
男は一瞬だけ、居心地が悪そうに視線を逸らす。
「……以上が、正式な通達です」
それだけ言って、男は踵を返した。
使命は果たした。もうここに用はないと言わんばかりに。
戸が閉まる音が、やけに大きく響いた。
男の背が完全に見えなくなって、雪はようやく息を吸った。
「……土方、さん?」
声が、自分のものとは思えないほど震えていた。
土方は、ようやく視線を落とした。
向けられた瞳に光はない。彼の瞳には雪すらも映ってはいなかった。
「準備しろ」
長い間を開けて発された言葉は、それだけだった。
急げとも、間に合うとも、希望を抱かせるようなことは何も言わない。
けれど、その一言に込められた意味を雪は痛いほど理解してしまった。
本日。午前。
もう、時間は残されていなかった。
空が白み始めるにはまだ早く、障子の向こうは深い藍色に沈んでいる。
遠くで鶏が鳴いた気がしたが、それも本当かどうか分からないほど静かな朝だった。
その静けさを破ったのは、控えめな足音。
「土方歳三殿は、こちらにおられるか」
戸口に立つ男は、旅装のまま背を正していた。息も乱れていない。
急いできた様子はなく、ただ“役目を果たしに来た”という顔をしている。
「は、はい。今お呼びします」
戸惑いつつも、雪は部屋で文机に向かう土方を呼び出す。
少しして部屋から出て男の前に立った土方は、怪訝な表情を浮かべた。
「……何の用だ」
男は土方に向かって一礼し、懐から一通の書付を取り出した。
それを差し出す仕草が、あまりにも丁寧で、あまりにも淡々としていて。
雪は、胸の奥がひどく嫌な音を立てるのを感じた。
「本日――」
男は、そこで一度言葉を区切った。
間を置いたのではない。読み慣れた文をなぞるために、息を吸っただけだ。
「――……午前、板橋刑場にて。近藤勇、斬首」
その瞬間、世界の音が一斉に遠のいた。
何を言われたのか、すぐには理解できなかった。
“本日”、“午前”、“斬首”。言葉ははっきりしているのに、意味だけが頭に入ってこない。
雪は、ゆっくりと首を動かして土方を見る。土方は、動かなかった。
書付を受け取るでもなく、拒むでもなく、ただ男を見据えている。
その目は怒ってもいなければ、悲しんでもいなかった。
男は一瞬だけ、居心地が悪そうに視線を逸らす。
「……以上が、正式な通達です」
それだけ言って、男は踵を返した。
使命は果たした。もうここに用はないと言わんばかりに。
戸が閉まる音が、やけに大きく響いた。
男の背が完全に見えなくなって、雪はようやく息を吸った。
「……土方、さん?」
声が、自分のものとは思えないほど震えていた。
土方は、ようやく視線を落とした。
向けられた瞳に光はない。彼の瞳には雪すらも映ってはいなかった。
「準備しろ」
長い間を開けて発された言葉は、それだけだった。
急げとも、間に合うとも、希望を抱かせるようなことは何も言わない。
けれど、その一言に込められた意味を雪は痛いほど理解してしまった。
本日。午前。
もう、時間は残されていなかった。



