想いと共に花と散る

 
「……うぅ………あ」

 目を開けると、見慣れない天井が見えた。大坂城のものではない、古びた木目の天井。

「目が覚めたか」
「……土方、さん」

 やけに近い位置から声が聞こえて、首を動かすと、壁に背を預けて座り込む土方の姿が目に入った。
 墨で書いたのかと思ってしまうほどに、目の下には酷い隈を抱えている。
 混同を残して逃げ出してから、一体どれだけの時間が経ったのだろう。それに、ここは一体何処なのだ。

「もう少し寝ておけ。次、いつ寝られるか分からねぇからよ」
「ずっと、起きてたんですか?」
「……寝れねぇだけだ」

 それが嘘であることはすぐに分かった。きっと、寝ている間に一人になってしまうかもしれない、とでも不安になったからだろう。
 この瞬間に、いつも彼の隣りにあった影はない。静かな部屋の中で、二人きりだった。

「……近藤さんは? 近藤さんはどうなったんですか?」

 聞くだけ愚問だと分かっていた。それでも、聞いてしまったのは微かな希望を抱きたかったから。
 雪の問を聞いた土方は、目を逸らして口を噤む。悔しげに噛み締められた歯からは、耳障りな音が鳴った。
 布団の上に座り、雪は土方に視線を送る。答えるまで寝ないという反抗の現れだ。

「……近藤さんはな………っ」

 ぐしゃっと紙を握り締めた手を額に当て、青白い顔を伏せた。

「土方さん、もう休んでください」
「いいや、いい。お前が寝ろ」
「……っ。小姓は主の体調も気にしないといけないんです。ほら、早く寝てください!」

 先程まで雪が寝ていた布団まで腕を引いて引き摺り、枕を投げつける。
 呆気に取られた様子の土方を残して、雪は部屋を出た。
 外は日が沈んだ後で暗い。昼夜逆転してしまったのか、それとも朝になったことに気づかずにずっと寝ていたのか。
 縁側に腰掛けて、土方から奪い取った紙を広げた。
 一枚かと思っていたが、まとめられていただけで何十枚と重なっている。そして、そのどれもに、近藤勇の無罪を訴える内容が達筆な文字で書かれていた。

「そんな……近藤さんは、新政府軍に……」

 雪達と別れた後、近藤は新政府軍に捕まり降伏した。
 雪が眠っている間に土方は何度も近藤の無罪を訴え続けていたのだ。恐らく、今も外行きの服を着ているのはこの紙を届けるため。

「……私、何もできてない」

 土方が何度も近藤の無罪を訴えている間、雪は眠っていただけ。共にいた時も、結局近藤を説得することはできなかった。

「江戸に行けば、何か変わるかな」

 ここにいても何ができるわけでもない。戦が起きた時、雪はまた一人にされるだけだ。
 それならば、自分の意志で土方の傍を離れる。彼のためならば、見知らぬ町にでも行ける気がした。