想いと共に花と散る

 歪みに歪んだ騒がしいエレキギターのメロディーが頭を殴る。
 ゆっくりと目を開けると、スカートの裾から覗く白い足が見えた。
 顔を上げて前を見る。すると、車の運転席で音楽に乗りながらハンドルと握る父と、窓の外を眺める母の姿が見えた。

「さあ、そろそろ着くぞ」
「……何処に?」

 寝惚けた頭では何も考えられなくて、無意識の内に問い返していた。
 赤信号で車を止めた父は、驚いた様子で振り返る。どうしてか、逆光で父の顔は見えなかった。

「何処って……海だよ、海」

 海。なんで海になんか。

「もうすぐ日が沈む。夕焼けが反射した海は綺麗だろうなぁ」

 何かに想いを馳せるような父の声が頭の中で木霊した。
 水平線の先に沈んでいく太陽、夕焼けを反射して焼ける海、キラキラと輝く砂浜。

「うん。綺麗だろうね」
 
 さぞ見ものだろう。思わず息を呑んでしまうくらい、美しい光景が広がっていることだ。
 到底、車内に響くロックバンドの曲とは似ても似つかないけれど。

『……ああ、綺麗だな』

 誰かの声が聞こえた。男の人の声、でも、父のものとは違う。

『泣きそうになるくらい……綺麗だよ』

 遠くの方で誰かが涙を流す姿が、不意に頭の中で浮かび上がった。
 まるで映画のワンシーンのようで、知らないはずなのに何十回と見返したような感覚。
 また、この感覚だ。何か大切なものを忘れている。絶対に忘れてはいけないのに、思い出そうとすればするほど分からなくなって。

「ほら、着いたぞ」
「早く降りなさい。ゆっくりしていたら、太陽沈んじゃうわよ」

 車から降りれば、強い潮の匂いが鼻の奥を突き刺した。
 けれど、その匂いよりも目の前の光景に意識の全てを奪われる。

「……う、あ………」

 どうしてだろう。何の変哲もない海が広がっているだけのはずなのに。

「綺麗だなぁ」
「本当ね。初めて見たわ」
「少し入ってみようか」
「嫌よ。着替え持ってきていないんだから」

 目の奥が熱くなって、喉の奥が苦しくなって。
 海と空が混ざり合った。涙が溢れて、海の青と空の橙がぐちゃぐちゃに混ざり合う。

『お前と見れて良かった』

 一つ瞬きをすると、海の中に足を付けて笑う少年と砂浜に立つ男の姿が見えた。
 二人が浮かべる表情はとても幸せそうで、海にも負けない輝きを持っている。
 その時、砂浜に立つ男が振り返った。顔は見えないのに、何故か知っているような気がして。

『───……雪華』

 テレビのような砂嵐が突然起きて、その男と少年の姿が消えていく。
 完全に見えなくなった時、プツンと音を立てて意識が途切れた。