父親なら、そんな言葉を一番聞きたくはなかった。
存在を認めてくれたのに、自分自身を否定するような言葉を彼の口から言ってほしくなかった。
「雪君、トシ──……逃げてくれ」
身体が浮いた。厳密には、土方に腕を引かれて無理矢理に立たされたからだ。
駄目、今ここで行ってしまえば、もう二度と近藤と会えなくなる。
囮になろうとしているのだ。雪と土方が逃げる時間を稼ぐため、そして、新撰組局長の近藤勇を殺すため。
「……嫌だ」
手を伸ばした。いつもこうして手を伸ばせば、近藤は笑って握ってくれた。
「雪君」
お願いだから、そんな顔をしないで。
いつものように笑って。ここまでよく頑張ったなって、褒めて。
『君がトシの言っていた娘か。そんなところで立ち止まっていないで、こちらに来なさい』
その大きな身体以上に大きな優しさを与えてくれた。
『君、は……一体どのような所から来たのだね? そんなことを言わせるのは、一体何処の誰だと言うのだ』
楽になりたいと叫んだ雪華ではなく、そう叫ばせた目に見えない存在に怒ってくれた。
『……ははは、先程の様子からは想像できない謙虚さだな』
局長らしく振る舞っていても、その裏にある優しさは隠しきれていなくて。
『君には、素敵な名前があるだろう。親御さんが付けてくれた、君の、君だけの名前が』
どうして、あんなにも雪華という名前に固執していたのか、あの頃は分からなかった。
けれど、今ならば分かる。
「雪、君は私の息子だ。そして、雪華……私の娘になってくれてありがとう」
父親だから、娘の名前を呼びたかったのだ。
「副長、土方歳三とその小姓、結城雪に命ずる。即刻ここから逃げなさい」
それが最期に下された、数えられるほどしか下されなかった最期の命令だった。
命令だから従わないといけないと分かってはいても、身体が思うように動かない。
立ち止まったまま身動きを取れずにいる雪の脇腹を抱えた土方が、近藤に背を向けた。
「待って、待って! 土方さんっ! 離して!」
ぽかぽかと背中を叩いても、土方は下ろそうとしない。
それどころか、大きく一歩を踏み出した。
「近藤さんっ……近藤さん!」
涙で歪む視界に彼の姿を映して、震える声で名前を呼んでも、動いてはくれなかった。
「お父さん……っ!」
最期にそれだけを言えば、近藤は心底満足そうに笑った。
その笑顔があまりにも眩しくて、雪は思わず目を瞑りそうになる。けれど、目を閉じることはしたくなかった。
「二人とも、ありがとう。私にここまで付いて来てくれて」
伸ばせるだけ伸ばした。叫べるだけ叫んだ。抵抗できるだけ抵抗した。
それなのにどんどん近藤との距離は遠のいていく。
「最後まで抗え。そして───……生きろ」
父として残された願いは、この世の何よりも残酷で。
そして───何よりも真っ直ぐで眩しかった。
存在を認めてくれたのに、自分自身を否定するような言葉を彼の口から言ってほしくなかった。
「雪君、トシ──……逃げてくれ」
身体が浮いた。厳密には、土方に腕を引かれて無理矢理に立たされたからだ。
駄目、今ここで行ってしまえば、もう二度と近藤と会えなくなる。
囮になろうとしているのだ。雪と土方が逃げる時間を稼ぐため、そして、新撰組局長の近藤勇を殺すため。
「……嫌だ」
手を伸ばした。いつもこうして手を伸ばせば、近藤は笑って握ってくれた。
「雪君」
お願いだから、そんな顔をしないで。
いつものように笑って。ここまでよく頑張ったなって、褒めて。
『君がトシの言っていた娘か。そんなところで立ち止まっていないで、こちらに来なさい』
その大きな身体以上に大きな優しさを与えてくれた。
『君、は……一体どのような所から来たのだね? そんなことを言わせるのは、一体何処の誰だと言うのだ』
楽になりたいと叫んだ雪華ではなく、そう叫ばせた目に見えない存在に怒ってくれた。
『……ははは、先程の様子からは想像できない謙虚さだな』
局長らしく振る舞っていても、その裏にある優しさは隠しきれていなくて。
『君には、素敵な名前があるだろう。親御さんが付けてくれた、君の、君だけの名前が』
どうして、あんなにも雪華という名前に固執していたのか、あの頃は分からなかった。
けれど、今ならば分かる。
「雪、君は私の息子だ。そして、雪華……私の娘になってくれてありがとう」
父親だから、娘の名前を呼びたかったのだ。
「副長、土方歳三とその小姓、結城雪に命ずる。即刻ここから逃げなさい」
それが最期に下された、数えられるほどしか下されなかった最期の命令だった。
命令だから従わないといけないと分かってはいても、身体が思うように動かない。
立ち止まったまま身動きを取れずにいる雪の脇腹を抱えた土方が、近藤に背を向けた。
「待って、待って! 土方さんっ! 離して!」
ぽかぽかと背中を叩いても、土方は下ろそうとしない。
それどころか、大きく一歩を踏み出した。
「近藤さんっ……近藤さん!」
涙で歪む視界に彼の姿を映して、震える声で名前を呼んでも、動いてはくれなかった。
「お父さん……っ!」
最期にそれだけを言えば、近藤は心底満足そうに笑った。
その笑顔があまりにも眩しくて、雪は思わず目を瞑りそうになる。けれど、目を閉じることはしたくなかった。
「二人とも、ありがとう。私にここまで付いて来てくれて」
伸ばせるだけ伸ばした。叫べるだけ叫んだ。抵抗できるだけ抵抗した。
それなのにどんどん近藤との距離は遠のいていく。
「最後まで抗え。そして───……生きろ」
父として残された願いは、この世の何よりも残酷で。
そして───何よりも真っ直ぐで眩しかった。



