想いと共に花と散る

 廊下に出れば、覚束ない足取りで必死に走る小さな背中が見えた。

「雪!」

 強く名前を呼べば、その少年は振り返る。けれど、振り返って見せた顔に笑顔はない。
 動揺しきって上手く走れていない様子の雪に、土方は簡単に追いついた。
 手を引いてその場に留まらせようと思っても、目の前にいるはずなのに触れられない。
 
「っ……!」

 思わず立ち止まった土方のことなど意にも返さず、雪はすぐ傍の部屋の中に飛び込んだ。
 勢よく閉じられた障子の前で土方は呆然と立つ。もう、何が何だか分からなくなっていた。

(……限界、なのか)

 ゆっくり障子を開くと、外からの月明かりが部屋の中へと差し込む。
 雪は部屋の隅で蹲っていた。背中越しにでも微かに啜り泣く声が聞こえる。
 一歩、土方が部屋の中に足を踏み入れると、その背中はびくりと震えた。
 その小さな仕草だけでも土方の歩みを止めるのには十分すぎる。

「雪」
「来ないで! 来ないで、ください……」
「雪……せめて、顔だけでも見せてくれ」

 隣に膝を折り、そう声を掛けても雪は俯いたまま何も言わない。
 無理矢理にでも顔を上げさせれば、今頃顔を見られていたことだろう。
 けれど、触れられないことを知っているから、できやしなかった。

「行っちまうのか?」
「っ……」
「てめぇは、帰りたいか? 未来とやらに」
「な、なんで……」

 図星だったようだ。どうしてそのことを知っているのだとも言いたげに、雪は目を大きく見開いて土方を見る。
 その反面、土方は座った目を細める。

「なぁ、てめぇは今いくつだ」
「え……じゅ、十五です」
「俺達に出会った時は? 俺が、てめぇの目の前で浪士を斬ったあの日は?」
「十五で──あ……っ!」

 どうして、気付いてやれなかったのだろう。どうして、誰も言わなかったのだろう。
 雪の限界は、初めて出会った時からすでに訪れていたというのに。
 今一番触れてやるべきなのに、何もできない無力さが重く伸し掛かる。

「私……何にも、変わってないっ」

 目の前に存在しているはずなのに、頬を伝う大粒の涙を拭ってやることすらできない。
 とうとう気付いてしまった。土方も雪も、残酷な現実とやらに。

「い、や……嫌だ……消えたくない」