想いと共に花と散る

 淀城に拠点を移してから数カ月が経っても、戦況は変わらなかった。
 未だ刀で銃器に立ち向かう旧幕府軍だが、伏見にいた頃よりも目に見えて隊の士気が下がっている。
 ───負け戦。誰かがその言葉を口にした途端、瞬く間にその噂は広がった。
 勝ち目なんて何処にもない。いつかは負けて幕府は滅びる、そんなことを言い出す輩が増えていた。

「副長! 大坂から文が届きました!」
「っ、見せろ」

 受け取った文を開き目を通す。内容は、近藤が戦えるまで回復したという報告であった。
 近藤が戦えるのなら、一刻も早く合流するのが懸命である。
 文を閉じた土方は、広間にいる隊士に向かって言った。

「近藤さんが回復したという報せが入った。俺達は、大坂城へ向かう」
「また逃げるのか!?」

 逃げる。その言葉は、土方の胸の奥にある覚悟という名の扉を打ち壊した。
 立ち上がって声を荒げる永倉の肩に手を置いた原田が窘めようとするが、彼もまた悔しげに唇を噛む。

「土方さん。もう、これ以上やってらんねぇよ」

 拳を握り締めて怒りに打ち震える永倉と、失望に染まった光のない目を向ける原田を見て、土方は静かに目を伏せた。

「そうか」

 試衛館にいた頃から共に剣を交えてきたからこそ、彼らを止める理由など土方にはなかった。
 引き止める言葉も見送る言葉も言わず、ただ土方は肯定する。
 その姿勢すら永倉は気に入らない様子で、一度土方を睨め付けると荒い足取りで広間を飛び出した。
 
「……逃げんじゃねぇぞ」

 原田もそれだけを言い残して広間を出ていく。ほんの一瞬で、騒がしかった広間はしんと静まり返った。
 
(……逃げ道なんざ、端から用意されてねぇ)

 征くべき場所を目指して征くだけ。どれだけ遠回りをしようと、茨の道であろうと、帰る場所がある限り進むしか無い。
 決別するのは簡単だ。
 一言だけ残して出ていけば、それだけで別れになる。
 名残惜しく思っても、副長である限り後ろを振り返ることは許されない。この場で、新選組副長の土方歳三以外の存在は必要ないのだ。

「土方君。私は、会津藩の護衛をするよ」
「そっちの指揮は源さんに任せる」
「承知仕った」

 無事でいてくれ。また合流しよう。そんな淡い期待は今この場で捨てる。
 何処へ行っても命を懸ける覚悟でいなければならない。
 あくまでも副長として指示を出すことに徹した。鬼の副長でいなければ、待ち受ける地獄に立ち向かえないから。