想いと共に花と散る

 大坂へと向かうために歩き出した一行を見送ってから、土方は足早に奉行所の中へと入った。
 中ではすでに撤退の準備が進んでおり、いつでも出られるという無言の圧力を四方八方から感じる。

「副長、そろそろ」
「ああ」

 斎藤に促され、奉行所に残った旧幕府軍側の面々は動き始める。
 奉行所を飛び出した一行は、脇目も振らずに走り出した。

「全員、後ろは振り返らずに前だけを見ろ! 走れ!」

 目指すは旧幕府側の援軍が待つ淀城。伏見奉行所からはさほど遠くはない場所だ。
 それでも、視線の先から無数の砲弾が飛んできて、まともに走ることすらできない。

 ────パパンッ!

「うあああ!」
「があっ……!」

 ただ運が良かっただけなのだろう。
 逃げ出した土方達を追ってきた新政府軍は、刀しか持たない相手に隊士容赦なく銃を使う。
 文明の良器を前に成す術もなく、土方の視界の端では何人もの隊士が砲弾に倒れた。

「副長!」

 一体いつから、他人に名前ではなく肩書で呼ばれるようになったのだろう。

「副長、助けてください……!」

 振り返るなと言った。それは、仲間が倒れても進み続けろという言葉の裏返し。
 浅葱色が朱に染まろうと、後ろ髪を引かれようと、絶望した顔を向けられようと。
 土方の中に立ち止まって振り返るという選択肢はなかった。
 副長としての威厳。それもある。
 けれど、それよりも帰るべき場所に帰りたい。その一心であった。

「何だ……あれは」

 誰かが言った。

「官軍……?」
「いやまさか」

 一人が立ち止まると、次から次へと隊士達は立ち止まる。
 気が付くと砲撃が鳴りを潜め、追っ手から逃れていた。しかし、それによる安心は微塵も湧き上がらない。
 それどころか、決定的な絶望が腹の底に沈んだ。

「───……錦の御旗?」

 朱色に包まれる月のような模様が描かれた旗が、目の前で悠然と揺れる。
 膝から崩れ落ちてしまいそうだった。どうやって立っているのかも分からないほどに、身体中から血の気が引いていく。

「嘘だろ。このまま行きゃぁ、俺達は……」
「賊ってことじゃねぇかっ……!」

 忠誠を誓い、志を持ってここまで戦ってきた。
 それなのに裏切られた。こんなにもあっさり、斬り捨てられてしまった。
 このまま進めば誰彼構わず斬って殺される。
 朝廷に見捨てられたのだ。