想いと共に花と散る

 伏見を離れるにつれて、町の気配が変わっていく。
 戦場から離れているはずなのに、安心できる空気ではなかった。

「雪。ごめんね」
「え?」

 数歩ほど隊列から離れて歩いていると、不意に隣を歩いていた沖田が呟いた。
 上手く聞き取れなくて、雪は沖田の顔を見上げる。
 
「こんなことになるまで付き合わせて、巻き込んで」

 今更何を言っているんだ。そう言ってやりたかったのに、開けた口からは何の言葉も出てこなかった。
 しばらく顔を見ない内に痩せて、青白くなってしまった沖田の顔。
 昔の面影こそあるけれど、やはり何処か変わってしまっていた。

「……出ていこうと思わないの?」
「な、なんで?」
「だって、雪は武家の生まれでもなければ、何処かの道場に入門していたわけでもない。言ってしまえば、こんな殺伐とした場所になんて触れることすら無かったわけでしょ」

 この時代に来なければ、きっと今頃温かい布団の中で二度寝ができている。
 毎日のように血を見ることも、銃声に怯えることも、死を恐れることもしなくていい。
 本来いべきはずの世界にいれば、平和でなんてことのない普通の暮らしができる。
 それでも、彼らと共にいることを選ぶのには理由があった。

「こんなこと言っちゃったら不躾だけど……。私、好きなんだ」
「好き? 何が?」
「皆のことだよ。今じゃあゆっくりご飯を食べる時間なんて無くなっちゃったし、いなくなった人も大勢いる。でも、私は皆でご飯を食べて、笑っている時間が好きだった。だから、離れようなんて思わなかったよ」

 今になって、手を繋いだままであったことを思い出す。
 固く繋がれた右手に視線を落とし、そして沖田を見上げた。
 真っ直ぐと前を見て歩く彼の横顔は、これが当たり前だとでも言いたげで。
 強く握り返してみれば、沖田もまた握り返した。
 ほんの少し起きたが先を進んで、雪は手を引かれるままに歩く。一行が進むのは、とうに伏見から離れた見慣れない町の中だった。

「俺もあの時間好きだったなぁ。……ああ、そうだ。ずっと雪にお礼を言いたかったんだ」
「お礼? 私何かしたかな……」
「昔、雪が料理を教えてくれたことがあっただろ。あの後、何回か一人で練習してみたら、皆が完食してくれたんだ。しかも、平助や原田さんからは『美味い』って言ってもらえてさ」

 首だけで振り返った沖田は、それは嬉しそうに笑った。
 思い返せば、いつの間にか沖田が厨に立っても心配する者はいなくなっていた。

「ありがとう。雪がいてくれたから、朝が来るのが楽しみになったんだ」

 今では、他の隊士よりも料理上手になったのではないか。
 もしかしたら、沢庵を漬けるのは沖田のほうが一枚上手かもしれない。
 雪は一度も土方に褒められたことがないから。